(1)
「アンジー! エディ!」
「ソフィ!」
「久しぶり!」
馬車を降りて顔を合わせるや否や、元気してた? 元気だったー! と手に手を取って輪になってはしゃぐ私たちを前に、彼らの兄上であるウィリアムは傍らのルシアスに向けて和やかに目を細めた。
「僕らの弟妹はなんと愛らしいのだろうね、ルーシー」
「……なんだその気色の悪い名は」
「だってルシェって呼ぶと怒るだろう? 僕らもあの子たちに負けないように仲良しアピールしなくっちゃ、ねっルーシー。腕組んで入場するかい?」
「寄るな」
「ルーシー!?」
王家と縁あるオーウェル公爵家には四人の子供がおり、嫡男である彼らの長兄は結婚して幼い子をもうけ、すでに父公爵と共に中枢の政務に携わっている。
次男であるウィリアムもそのうち公家の重要人物として、政治や事業に深く関わるようになると思われるが、昔から将来の夢は吟遊詩人といって憚らない“ウィル様”は、ひとところに留まらない遊び人という印象が強かった。学業を修めて後は、おもしろそーというよくわからない理由でルシアスにくっついて騎士団に入り、ルシアスが騎士団を辞すとウィリアムもまたつまんないからと退団して、以降はあっちにフラフラこっちにフラフラとしている。
見目も相まって女性関係も派手な様子だが、特定の相手や婚約者を持たず、かといって悪い噂も聞かないという不思議な人だった。
彼の双子の妹弟で、私の友でもあるアンジェリカとエディオムは、修学後は希望していた新米政務官として奮闘中だ。王城の寄宿舎に入ってしまい、しかも彼らの仕事は外務関係とあって、手紙のやりとりはしていても、頻繁に会うことがなかなかできずにいた。
念願叶って彼らの顔を見ることが出来た王家主催のティーパーティーは、予定されていた期日通りに爽やかな晴天の下、つつがなく開かれた。
王城の一角にあるガラス天井の美しい植物園と緑の庭を解放し、香りのいい紅茶やワイン、そして軽食ともに歓談を楽しむ場として用意されている。高位貴族の子女や有力者が中心に招かれ、社交シーズンの終わりを振り返りつつ若い世代の我々もまたここで人脈を結ぶ。
先程、王太子殿下と妃殿下が二歳になるお世継ぎとともに歓迎のお言葉を述べられ、管弦楽の演奏が豊かにスタートすると、私たちは怒涛の挨拶ラッシュに巻き込まれた。
正直私は慣れないこともあってこれが苦手だ。ルシアスと私、そしてオーウェル三兄弟は一歩進むごとに、日頃私がお目にかかる機会のないようなお歴々方や知人の皆々様方と挨拶を交わし、ああこれが例の娘かという好奇の視線に晒され続けた。
貼り付けた貴族令嬢然とした優雅な笑顔が緊張で引きつっていないか気になって仕方なかった。
日中のパーティとあって私は一応白いレースの日傘をステッキよろしく手にしていたものの、扇子にしておけばよかったと後悔した。顔が隠せないし、なんせ手汗で柄が滑る。
「──ああ、もう一生分のごきげんようを言った気分だわ。今更になってしまったけど、今日のソフィも素敵ね」
「ありがとう。アンジーもよ」
ようやくたどり着いた植物園内に設けられたテーブルで一息ついていると、アンジェリカは、私の青と白を基調としたドレスを眺めてうっとりしたように両手を合わせた。
「いつも思うけど、ソフィは美人だから本当に何でもよく似合うわぁ。ねぇエディ」
「うん、俺もそう思う」
「ありがとう、エディ。エディも素敵よ。しばらく会わない間にふたりとも見違えたわ」
「ソフィこそ。すっかり大人のレディだ。俺の奥さんにしたいくらい。この辺じゃ一等の美人だし、俺、ソフィにしようかな。アンジー」
「だめよ。それはズル」
スコーンを口にしながらモサモサ言うエディオムの話がよくわからず、曖昧に首をかしげながらも褒められたことには礼を告げる。
ほんの数日前に仕上がったドレスは少し大人びたデザインに思えたが、普段着ならともかくこういった場の衣装に関してルシアスの見立てに間違いはない。朝から侍女たちも大張り切りだった。
「今回もソフィはルシアス様とあわせてあるんでしょう? アクセサリーはどれもシルバーに淡い青。ルシアス様のほうは差し色に淡い紫ときた」
「お察しの通り、上から下までお兄様のご指示ですわ」
「きゃあ」
そこで色めき立つ必要はない。むしろこの歳になってもすべて兄の指示でコーディネートを完成させなくてはきちんとした場に出られない友のポンコツ具合を嘆くべきだろう。
「アンジーはエディとお揃い?」
「そうよ。エディが考えるの面倒だから任すって。顔までお揃い。うんざり」
「こっちのセリフだ。うんざり」
エディオムとアンジェリカはよく似た顔を付き合わせて、互いに牙を剥く。
「また喧嘩してるの?」
「へその緒からのこの繋がりも、いよいよ別れの時よ。このパーティで私はエディよりうんと素敵な男性を見つけるの」
「で、俺はアンジーより美人でスタイルのいいレディを見つける。そういう勝負。ソフィで勝てると思ってたから余裕で構えてたのに、ソフィがズルなんて誰が決めたんだよぉ」
「そういう意味だったんだ……」
相変わらずのふたりに笑っていると、ルシアスとウィリアムがやって来た。長々息を吐き出しながら隣に腰を下ろしたルシアスは「途中でディミトロフ閣下に捕まった。一体何をどうしたら、ひとつの話をあそこまで回りくどくできるんだ」と珍しく顔に疲れを滲ませる。
「相手を煙に巻くには優れた才能だよねえ。僕なんかながーいお話の末、いつまでもふらふらするなって説教されちゃったし」
「それは正論だろ」
「くぅん、ひどよルーシー」
「その変な呼び名をやめろ」
「相変わらずおふたりは仲が良いですね」と微笑んだところで、ウィリアムは綺麗な顔でにこりと笑った。
「そう見えるかい? 僕はこんなにも無二の親友を好ましく思っているし、毎日でも弄びたいのだけど。当のルシェが悲しいほどにつれなくてね」
「ウィル」
「はいはい。僕はルシェって呼んだらいけない。呼んでいいのはソフィやライリーだけだね。──というわけでかわいいソフィ、君は僕の永遠のライバルだよ」
「わたくしが?」
「そりゃそうさ、ルシアスの一番の仲良しはソフィだからね。悲しいかな愛しく思う君を倒さなくては、僕はルシアスの一番にはなれぬのだよ……おや、ソフィ、君また綺麗になったね。夏の終わりに煌めくその美しいアメジストの瞳に、今宵僕だけを映してみるのはどうかな」
「ウィル、伸されたくなければそこまでにしておけ」
「僕は美しい人をみると口説かずにはいられない病なんだ」
「兄上のそれは不治の病ですよ」とエディオムが呆れて言う。
「馬鹿につける薬がないという話は本当だな」
「くぅん」
「まぁまぁ、おふたりともどうかそのあたりにされて、何かお飲みになってはいかがですか」