砂糖と塩はほとんど品質劣化しないため、賞味期限がない。
 砂糖が底値であると知った尚は、赤いゴシック体で派手に強調された『お一人様一品限り!』の文句を見て「ストックが必要なら二つ買ったらどうですか?」と提案してくれた。

 砂糖が長期保存できるものであり、さらに底値だと気づくあたり、普段から料理や買い物をしているという証拠だ。
 調理実習で「料理は女の仕事だろー俺食べる専門だからー」と、手伝うそぶりすら見せずに寝言を吐いた男子とは格が違う。

 さらに買い物終了後、彼は当然のように「持ちますよ」とビニール袋を取り上げた。
 去年の文化祭の買い出しでは、男子がいたにも関わらず、あやめはほとんどの荷物を一人で持たされた。
 両手いっぱいに荷物を抱えるあやめを見て、皆は「さすが湖城」「ゴリラ並みの腕力」と囃し立ててくれた。

(当時のメンバーに彼の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい……)
 これまで関わって来た駄目男たちが走馬灯のように浮かんでは消えていく。
 あやめは熱くなった目頭を押さえ、顔を上げた。

「姫野くん、やはり私が持とう。買い物に付き合ってもらった上に荷物まで持たせたのでは申し訳ない」
 彼の気遣いはありがたい。
 持つと申し出てくれただけであやめは満たされた。
 でも、砂糖二袋とみりん合わせておよそ2.5キロの荷物を自分よりも小柄な男子に持たせるというのは、どうにも居心地が悪い。
 心地良い春風の吹く歩道を歩きながら、あやめは両手を差し出した。

「いいですよ。これも助けてもらったお礼のうちです」
「いや、でもな」
「女性に荷物を持たせるなんて、男として格好つかないでしょう?」

(女性!?)
 生まれて初めて異性から女性扱いされ、あやめの心臓は大きく跳ねた。

「そ、そう言ってもらえるのはありがたいが、私は怪力だ。昨日なんて三十キロの米を担いで歩いたんだぞ」
(あ、しまった)
 即座に後悔する。
 動揺のあまり余計なことを言ってしまった。
 三十キロの米を担いで歩くというのは、か弱い女子にはとても無理な芸当である。

「わあ、凄いですね」
 さすがにドン引きされただろうかと心配したが、尚は素直に感動してくれた。

「うむ。だから、それくらいの荷物、本当になんてことはないんだ。というわけで――」
 強引にビニール袋を奪おうとすると、尚はすっと手を引っ込めた。

「ぼくだってこれくらいなんてことないです。こういうときは素直に甘えてもらえたほうが嬉しいですよ、先輩?」
 尚はあやめをじっと見上げた。

「……。では……お願いする」
「はい」
 負けを認めると、尚は華やかな笑顔の花を咲かせた。

(くっ。可愛い。なんでこの子はこんなに可愛いんだ……)
 ノックアウトされそうになり、顔の下半分を手で覆い――あまりの可憐さに鼻血を噴いてしまいそうだった――顔を背ける。
 仮にも高校一年生の男子を『この子』と形容するのは自分でもどうかと思うのだが、彼が愛らしすぎるのが悪い。
 そう、彼の子犬の如き愛らしさが罪なのだ。

 意味のわからない責任転嫁をしつつ目を向けた先には、偶然にも本屋があった。
 店先には雑誌がずらりと並んでいる。
 その奥の棚には『月刊カノン』も置いてあった。

 とはいえ、尚に荷物を持たせている状態で立ち読みしたいというほどあやめは図々しくはない。
 立ち読みはまた次の機会でいい、本気でそう思っていたのだが。

「何か欲しい本があるんでしたら、寄りますか?」
 あやめの視線を追ったらしく、尚が尋ねてきた。

「あ、いや。大丈夫だ」
「遠慮しなくても良いですよ?」
「本当に良いんだ。本を買おうとしたわけじゃなくて、カノンを立ち読みしようかなと思っただけ――」
「カノンですか!?」
 瞬間、尚は劇的ともいえる反応をしてきた。
 目を丸くして大きな声を出し、それから、はっとしたように口を押さえる。
 でも、ごまかすには既に手遅れである。

「……姫野くんもカノンの愛読者だったのか」
「いえ……えっと……その……」
 気まずそうに目を伏せ、しどろもどろに言う尚。

 カノンは少女向けの漫画雑誌。
 男性が愛読していると大っぴらに宣言するには少々抵抗があるのだろう。
 しかし、あやめは首を傾げた。