「どうしますか? 金川先輩。後は被害者である貴女の判断に任せます」
「……本当はこのまま警察につき出してやりたいですが」
美花は顔をしかめて考えた後、ため息をつくように言った。
「もう二度とストーカーしないって約束してくるなら、それでいいです」
「ありがとうございます! 約束します!!」
寛大な処置を下した美花に向かって、もう一度深々と多田は頭を下げた。
ついでのようにあやめにも一礼してくる。
「もう誰にも迷惑をかけたりしないでくださいね」
「はい! 本当にすみませんでした!」
多田は立ち上がり、脱兎の如く逃げ出した。
あっという間に視界から消え、土煙しか残らない。
(……金川先輩は優しいな)
多田というのが本名かどうかすらわからないというのに。
(まあ、こちらには証拠もあるし、大丈夫だろう。もし次があれば、然るべき制裁を受けてもらうだけだ)
考えていると、駆けてくる複数の足音が聞こえた。
危ないと言ったのに、自分たちが美花にあやめを紹介したのだから最後まで責任を持って見届けると言って聞かなかった少女三人組だ。
一人はあやめと同じクラス、もう二人は別クラスの女子だった。
「湖城さんっ!!」
「うわあっ!?」
後ろからヘッドロックでもかけられるように抱きしめられ、あやめは目を白黒させた。
さらに残り二人も抱きついてきて、団子状態になる。
「格好良かった! ストーカー男に『おい貴様!』って声をかけるところなんてシビれたよお、惚れ直した!」
「惚れ直したって……」
それだと『惚れている』前提があることになってしまう。
「ありがとう、湖城さん。本当に助かったわ。あなたのおかげでやっと良く眠れそう」
美花は多田に向けていた怖い顔とは全く違う、優しい笑顔を浮かべた。
名前の通り美しい、まさに花のような笑顔。
「いえいえ、どういたしまして。先輩が無事で良かった」
何事もなく、穏便に解決できて良かった。
破顔すると、美花はわずかに頬を朱に染めた。
「本当にありがとう。あなたに頼んで良かった。さすがは湖城あやめ、『駒池の三大イケメン』の一人。その評価に偽りはないわね」
「そう……でしょうか……」
あやめは苦笑いするしかない。
駒池に入学してからというもの、あやめは数々の偉業を成し遂げてきた。
まずは入学早々、他愛ない世間話をしながら、いかにもさりげなくを装って尻を触ってきた男性教師に回し蹴りをした。
その後、男性教師は似たようなセクハラ被害に遭っていた複数の女子から訴えられ、懲戒免職となった。
セクハラ事件から二週間後には、女子更衣室の覗きを試みた男子数人に鉄拳制裁。
さらにそこから一ヵ月後には、他校の生徒からカツアゲされていた男子を助けた。
それほど大きくもない、日々の些細なことでいえば、図書室で高いところにある本を取れずに困っていた女子に本を取ってあげた。
重いものを運んでいた女子を手伝った。
具合が悪くなった女子をお姫様抱っこして保健室まで連れて行った。等々。
そうした善行の積み重ねにより、『男よりも男前』『抱かれたい女子ナンバーワン』とあやめの評価はうなぎのぼり。
とうとう女性でありながら、今年から『女子が選ぶ駒池の三大イケメン』のうちの一人に組み込まれてしまった。
普通、イケメンといえば優れた容姿を持つ男性を指すはずなのだが、駒池に通う女子は格好良ければ性別なんて関係ないらしい。
そのおかげなのか、いまでは見知らぬ先輩からも「あやめちゃん」と声をかけられたりするし、中には何をどう間違ったのか「あやめ様」と崇拝してくる後輩までいる。
今回、ストーカーにつきまとわれて困っていると美花から相談を受けたのも、あやめのファンが架け橋となったからであって、元々あやめと美花は何の接点もなかった。
「あやめ大好き!」
「あ、ありがとう。私も好きだぞ」
「格好良い!」
「そ、そうか……?」
「抱いて!!」
「ちょっと待てっ!? うら若き乙女が何てことを口走ってるんだ、落ち着け!」
「やだ、あやめってばこわーい。でもそんなところもまた……」
何故だろう、語尾に黒塗りのハートマークがあるように感じるのは。
「あらあら、湖城さん、大人気ね。でも……良かったら、私もあやめちゃんって呼んでいいかしら……?」
何故か恥ずかしそうにもじもじしながら、上目遣いに尋ねてくる美花。
「ど、どうぞ……」
「ありがとう。あなたの勇姿、しかと皆に伝えておくわね! 三年女子にもきっとファンができるわ。本当に格好良かったもの……」
「ええと……」
妙に熱っぽい視線で見つめられ、頬を冷や汗が伝う。
(――解せぬ)
中学では少々目立ちすぎた。反省している。
だから、高校では剣道を止め、なるべく淑やかに、平穏な日々を過ごすつもりだったのだ。
それなのに、あやめは中学と似たような経緯を辿り、女子ばかりにモテている。
いや、もちろん好意を向けられるのは大変嬉しいし光栄なのだが、やはりそこはお年頃。
欲を言えば異性からも好かれたいなー……というかなんというか……。
(……肝心の男子からは陰で『メスゴリラ』『歩く凶器』なんて呼ばれているらしいしな……)
あやめに好意的に接してくれる男子も多いのだが、女性としては見られてない。多分。
入学して一年経っても事態は変わらず。
憧れていた男女交際への道は、遥か遠い。
(……うぬぅ……)
平和を取り戻した夜道に、春の風が吹き抜ける。
きゃあきゃあと騒ぐ女子たちにもみくちゃにされながら、あやめは胸中で、解せぬ、と繰り返すのだった。
「……本当はこのまま警察につき出してやりたいですが」
美花は顔をしかめて考えた後、ため息をつくように言った。
「もう二度とストーカーしないって約束してくるなら、それでいいです」
「ありがとうございます! 約束します!!」
寛大な処置を下した美花に向かって、もう一度深々と多田は頭を下げた。
ついでのようにあやめにも一礼してくる。
「もう誰にも迷惑をかけたりしないでくださいね」
「はい! 本当にすみませんでした!」
多田は立ち上がり、脱兎の如く逃げ出した。
あっという間に視界から消え、土煙しか残らない。
(……金川先輩は優しいな)
多田というのが本名かどうかすらわからないというのに。
(まあ、こちらには証拠もあるし、大丈夫だろう。もし次があれば、然るべき制裁を受けてもらうだけだ)
考えていると、駆けてくる複数の足音が聞こえた。
危ないと言ったのに、自分たちが美花にあやめを紹介したのだから最後まで責任を持って見届けると言って聞かなかった少女三人組だ。
一人はあやめと同じクラス、もう二人は別クラスの女子だった。
「湖城さんっ!!」
「うわあっ!?」
後ろからヘッドロックでもかけられるように抱きしめられ、あやめは目を白黒させた。
さらに残り二人も抱きついてきて、団子状態になる。
「格好良かった! ストーカー男に『おい貴様!』って声をかけるところなんてシビれたよお、惚れ直した!」
「惚れ直したって……」
それだと『惚れている』前提があることになってしまう。
「ありがとう、湖城さん。本当に助かったわ。あなたのおかげでやっと良く眠れそう」
美花は多田に向けていた怖い顔とは全く違う、優しい笑顔を浮かべた。
名前の通り美しい、まさに花のような笑顔。
「いえいえ、どういたしまして。先輩が無事で良かった」
何事もなく、穏便に解決できて良かった。
破顔すると、美花はわずかに頬を朱に染めた。
「本当にありがとう。あなたに頼んで良かった。さすがは湖城あやめ、『駒池の三大イケメン』の一人。その評価に偽りはないわね」
「そう……でしょうか……」
あやめは苦笑いするしかない。
駒池に入学してからというもの、あやめは数々の偉業を成し遂げてきた。
まずは入学早々、他愛ない世間話をしながら、いかにもさりげなくを装って尻を触ってきた男性教師に回し蹴りをした。
その後、男性教師は似たようなセクハラ被害に遭っていた複数の女子から訴えられ、懲戒免職となった。
セクハラ事件から二週間後には、女子更衣室の覗きを試みた男子数人に鉄拳制裁。
さらにそこから一ヵ月後には、他校の生徒からカツアゲされていた男子を助けた。
それほど大きくもない、日々の些細なことでいえば、図書室で高いところにある本を取れずに困っていた女子に本を取ってあげた。
重いものを運んでいた女子を手伝った。
具合が悪くなった女子をお姫様抱っこして保健室まで連れて行った。等々。
そうした善行の積み重ねにより、『男よりも男前』『抱かれたい女子ナンバーワン』とあやめの評価はうなぎのぼり。
とうとう女性でありながら、今年から『女子が選ぶ駒池の三大イケメン』のうちの一人に組み込まれてしまった。
普通、イケメンといえば優れた容姿を持つ男性を指すはずなのだが、駒池に通う女子は格好良ければ性別なんて関係ないらしい。
そのおかげなのか、いまでは見知らぬ先輩からも「あやめちゃん」と声をかけられたりするし、中には何をどう間違ったのか「あやめ様」と崇拝してくる後輩までいる。
今回、ストーカーにつきまとわれて困っていると美花から相談を受けたのも、あやめのファンが架け橋となったからであって、元々あやめと美花は何の接点もなかった。
「あやめ大好き!」
「あ、ありがとう。私も好きだぞ」
「格好良い!」
「そ、そうか……?」
「抱いて!!」
「ちょっと待てっ!? うら若き乙女が何てことを口走ってるんだ、落ち着け!」
「やだ、あやめってばこわーい。でもそんなところもまた……」
何故だろう、語尾に黒塗りのハートマークがあるように感じるのは。
「あらあら、湖城さん、大人気ね。でも……良かったら、私もあやめちゃんって呼んでいいかしら……?」
何故か恥ずかしそうにもじもじしながら、上目遣いに尋ねてくる美花。
「ど、どうぞ……」
「ありがとう。あなたの勇姿、しかと皆に伝えておくわね! 三年女子にもきっとファンができるわ。本当に格好良かったもの……」
「ええと……」
妙に熱っぽい視線で見つめられ、頬を冷や汗が伝う。
(――解せぬ)
中学では少々目立ちすぎた。反省している。
だから、高校では剣道を止め、なるべく淑やかに、平穏な日々を過ごすつもりだったのだ。
それなのに、あやめは中学と似たような経緯を辿り、女子ばかりにモテている。
いや、もちろん好意を向けられるのは大変嬉しいし光栄なのだが、やはりそこはお年頃。
欲を言えば異性からも好かれたいなー……というかなんというか……。
(……肝心の男子からは陰で『メスゴリラ』『歩く凶器』なんて呼ばれているらしいしな……)
あやめに好意的に接してくれる男子も多いのだが、女性としては見られてない。多分。
入学して一年経っても事態は変わらず。
憧れていた男女交際への道は、遥か遠い。
(……うぬぅ……)
平和を取り戻した夜道に、春の風が吹き抜ける。
きゃあきゃあと騒ぐ女子たちにもみくちゃにされながら、あやめは胸中で、解せぬ、と繰り返すのだった。