「でもまさか、尚くんが湖城さんと知り合って、うちに連れて帰ってくるなんてね。姉弟そろって助けられちゃったね」
溶けかけの氷の浮かんだジュースを飲みながら、美春は話題を変えた。
「ん? どういうことだ?」
「ふふ」
美春はテーブルにガラスコップを置き、ちょっとした種明かしをするように、どこか楽しそうに笑った。
「多分、湖城さんは覚えてないと思うんだけど。わたし、ショッピングモールでしつこくナンパされて困ってたところを助けてもらったことがあるんだよ。中学三年のときだった」
あやめは顎に手を当て、思い返そうと努力したが、やがて諦めてかぶりを振った。
「いや、すまない。君ほどの美少女を助けたら覚えていそうなものなんだが、いかんせん、似たような記憶が多すぎてどれなんだかさっぱりだ」
「美少女なんてそんな……」
美春は照れてはにかみ、
「昔から湖城さんは色んな人を助けてたんだろうし、覚えてないのは仕方ないよ。なんていったって駒池の三大イケメンの一人、ファンクラブだってあるもんね」
にこっと笑ってから、尚を見た。
「三大イケメンといえば、尚くんもその中に含まれてるらしいね」
「うん、まあ、そうらしいけど。大げさだよね。ぼくはそんな大した人間じゃないのに――」
「何を言うんだ、尚くん。君は十分に大した人間だ。これ以上ないほどのイケメンだぞ」
「え?」
黙っていられず口を挟むと、尚は目をぱちくりさせた。
「イケメンと言うのはただ顔が良いからそう言われるわけではないのだ。人に対して優しかったり、言動が格好良くてもイケメンと言うことがある。君は十分にイケメンの条件を満たしているぞ」
尚も美春もきょとんとした顔であやめを見ている。
「わが身を顧みずに絡まれていた女子を助け、不良たちに囲まれても動じなかった勇敢さ。当たり前のように私の荷物を持ってくれた優しさ。そして極めて美しい容姿も兼ね備えている。君がイケメンでなければこの世の誰がイケメンというのだ。もっと自信を持つべきだ」
「……そんなにまっすぐに褒められると照れるんですが……ありがとうございます。そう言って頂けて光栄です」
尚の顔はほんのりと赤く染まっている。
一方で、美春は尚とあやめを交互に見、「ほほう、これはこれは……」とでも言いたげな、何かを察したような顔をしていた。
「どうしたんだ、姫野さん」
「ううん。茶太郎の様子が気になるから見てくるね。わたしのことは気にせず、しばらく二人で話してて」
美春は意味ありげに笑って立ち上がり、リビングを出て行った。
出て行くとき、彼女は廊下に続く扉を閉じたりはしなかった。
二人きりとはいえ、会話は筒抜けだと考えるべきだろう。
「いいなあ、猫。私は母と二番目の兄が動物アレルギーで飼えないのだ。二人とも動物好きなのに、思う存分触れ合えず可哀想なんだよな」
そう言って、あやめは半分以下に減ったジュースを飲んだ。
「二番目の兄? 先輩には何人ご兄弟がおられるんですか?」
「上に三人兄がいる。私は末っ子なんだ」
「意外です。凄くしっかりしてるから、長女かと」
「あはは。良く言われる」
しばらく家族にまつわる他愛のない話をしてから、あやめは残ったジュースを飲み干し、尚に向き直った。
「さて。長居するのも悪いし、私はそろそろおいとましよう。今日はお招きありがとう。本当に楽しかった」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったです。厄介な不良に絡まれたのは不運だと思ってましたが、いま考えるとむしろ幸運でした。おかげで先輩と知り合えましたから」
にこやかに言われて、心臓が跳ねる。
彼は万人にそうするのだろうとわかっていても、異性に優しくされた経験が少ないあやめはいちいちドキドキしてしまう。
(ど、どうしよう、何を言えば。どう返答すれば)
「わ、私も姫野くんと知り合えて良かったと思っているぞ。不束者だが、これからも仲良くしてくれたら嬉しい」
ぺこりと頭を下げる。
「不束者なんてとんでもないですよ。女子でありながら駒池史上初めて『三大イケメン』の仲間入りを果たし、皆から人格者だと讃えられている人が何を言っているんですか」
「……うーむ……イケメン、なぁ……」
「どうしたんですか? 何か気に障ることでも言ってしまいましたか?」
渋い顔をしたあやめに、尚は戸惑っている様子。
「いや、もちろん姫野くんに茶化すつもりがないのも、悪気がないのもわかっている。私がさっき姫野くんに対して使ったように、純粋な誉め言葉として使っているのだとわかってはいるのだが……正直、イケメンという単語はちょっとな。訳すと『イケてる男』だろう? 私は一応これでも女子なんだが……その単語を聞くたびに、どうにも複雑だ。私が理想とするのは君のお姉さんみたいな人なんだが」
氷だけが残ったコップを見つめて、ぽろりと本音を漏らす。
人から頼られるのは構わない。むしろ嬉しい。
けれど、その一方で。
小柄で。可愛らしくて。守ってあげたいと、異性が庇護欲を掻き立てられるような。
少女漫画のヒロインに相応しいような、そういう女の子になりたいと思ったりもする。
放課後に出会った少女は、鞄に可愛いキーホルダーを下げた、全力で恋する乙女だった。
あやめも可愛い物が大好きなのだが、一度男子にからかわれたことがあって、私服でスカートをはくのも、学校に可愛い系の小物を持っていくのも止めた。
似合わない、と揶揄されるのが嫌で。怖くて。
溶けかけの氷の浮かんだジュースを飲みながら、美春は話題を変えた。
「ん? どういうことだ?」
「ふふ」
美春はテーブルにガラスコップを置き、ちょっとした種明かしをするように、どこか楽しそうに笑った。
「多分、湖城さんは覚えてないと思うんだけど。わたし、ショッピングモールでしつこくナンパされて困ってたところを助けてもらったことがあるんだよ。中学三年のときだった」
あやめは顎に手を当て、思い返そうと努力したが、やがて諦めてかぶりを振った。
「いや、すまない。君ほどの美少女を助けたら覚えていそうなものなんだが、いかんせん、似たような記憶が多すぎてどれなんだかさっぱりだ」
「美少女なんてそんな……」
美春は照れてはにかみ、
「昔から湖城さんは色んな人を助けてたんだろうし、覚えてないのは仕方ないよ。なんていったって駒池の三大イケメンの一人、ファンクラブだってあるもんね」
にこっと笑ってから、尚を見た。
「三大イケメンといえば、尚くんもその中に含まれてるらしいね」
「うん、まあ、そうらしいけど。大げさだよね。ぼくはそんな大した人間じゃないのに――」
「何を言うんだ、尚くん。君は十分に大した人間だ。これ以上ないほどのイケメンだぞ」
「え?」
黙っていられず口を挟むと、尚は目をぱちくりさせた。
「イケメンと言うのはただ顔が良いからそう言われるわけではないのだ。人に対して優しかったり、言動が格好良くてもイケメンと言うことがある。君は十分にイケメンの条件を満たしているぞ」
尚も美春もきょとんとした顔であやめを見ている。
「わが身を顧みずに絡まれていた女子を助け、不良たちに囲まれても動じなかった勇敢さ。当たり前のように私の荷物を持ってくれた優しさ。そして極めて美しい容姿も兼ね備えている。君がイケメンでなければこの世の誰がイケメンというのだ。もっと自信を持つべきだ」
「……そんなにまっすぐに褒められると照れるんですが……ありがとうございます。そう言って頂けて光栄です」
尚の顔はほんのりと赤く染まっている。
一方で、美春は尚とあやめを交互に見、「ほほう、これはこれは……」とでも言いたげな、何かを察したような顔をしていた。
「どうしたんだ、姫野さん」
「ううん。茶太郎の様子が気になるから見てくるね。わたしのことは気にせず、しばらく二人で話してて」
美春は意味ありげに笑って立ち上がり、リビングを出て行った。
出て行くとき、彼女は廊下に続く扉を閉じたりはしなかった。
二人きりとはいえ、会話は筒抜けだと考えるべきだろう。
「いいなあ、猫。私は母と二番目の兄が動物アレルギーで飼えないのだ。二人とも動物好きなのに、思う存分触れ合えず可哀想なんだよな」
そう言って、あやめは半分以下に減ったジュースを飲んだ。
「二番目の兄? 先輩には何人ご兄弟がおられるんですか?」
「上に三人兄がいる。私は末っ子なんだ」
「意外です。凄くしっかりしてるから、長女かと」
「あはは。良く言われる」
しばらく家族にまつわる他愛のない話をしてから、あやめは残ったジュースを飲み干し、尚に向き直った。
「さて。長居するのも悪いし、私はそろそろおいとましよう。今日はお招きありがとう。本当に楽しかった」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったです。厄介な不良に絡まれたのは不運だと思ってましたが、いま考えるとむしろ幸運でした。おかげで先輩と知り合えましたから」
にこやかに言われて、心臓が跳ねる。
彼は万人にそうするのだろうとわかっていても、異性に優しくされた経験が少ないあやめはいちいちドキドキしてしまう。
(ど、どうしよう、何を言えば。どう返答すれば)
「わ、私も姫野くんと知り合えて良かったと思っているぞ。不束者だが、これからも仲良くしてくれたら嬉しい」
ぺこりと頭を下げる。
「不束者なんてとんでもないですよ。女子でありながら駒池史上初めて『三大イケメン』の仲間入りを果たし、皆から人格者だと讃えられている人が何を言っているんですか」
「……うーむ……イケメン、なぁ……」
「どうしたんですか? 何か気に障ることでも言ってしまいましたか?」
渋い顔をしたあやめに、尚は戸惑っている様子。
「いや、もちろん姫野くんに茶化すつもりがないのも、悪気がないのもわかっている。私がさっき姫野くんに対して使ったように、純粋な誉め言葉として使っているのだとわかってはいるのだが……正直、イケメンという単語はちょっとな。訳すと『イケてる男』だろう? 私は一応これでも女子なんだが……その単語を聞くたびに、どうにも複雑だ。私が理想とするのは君のお姉さんみたいな人なんだが」
氷だけが残ったコップを見つめて、ぽろりと本音を漏らす。
人から頼られるのは構わない。むしろ嬉しい。
けれど、その一方で。
小柄で。可愛らしくて。守ってあげたいと、異性が庇護欲を掻き立てられるような。
少女漫画のヒロインに相応しいような、そういう女の子になりたいと思ったりもする。
放課後に出会った少女は、鞄に可愛いキーホルダーを下げた、全力で恋する乙女だった。
あやめも可愛い物が大好きなのだが、一度男子にからかわれたことがあって、私服でスカートをはくのも、学校に可愛い系の小物を持っていくのも止めた。
似合わない、と揶揄されるのが嫌で。怖くて。