「何も恥じることはないだろう。女性だって少年向けの雑誌を読むではないか。男性がカノンを愛読して何が悪い?」
 先週、とあるテレビ番組で『オタクの部屋』としてアニメキャラのポスターや抱き枕、フィギュアが飾られた男性の部屋や、アイドルのグッズや二次元の美少年に囲まれた女性の部屋などが紹介されていた。
 タレントたちはドン引きしていたが、あやめはその反応こそが不思議だった。

 他人に迷惑をかけない限り、どんな趣味を持とうが個人の勝手である。

 個人の好きなグッズに溢れた部屋――いうなれば個人にとっての聖域に土足で踏み込んだ挙句、気持ち悪いだの理解できないだの好き勝手に誹謗中傷するタレントの神経のほうが知れなかった。

 壁になんのポスターを張ろうが、どんな抱き枕を使おうが、個人の自由だ。
 二次元の美少女や美少年だろうと、三次元のアイドルだろうと、そのグッズに囲まれることで本人が癒され、生きる糧になるならそれで良いではないか。

 理解できないなら無理に理解する必要はない。
 ましてや、それを奪う権利なんて誰にもないのだから。

「世の中には自分の価値観以外は認めようとしない人間もいるが、そういう人に無理に合わせようとすると疲れるだけだ。他人の趣味に口出ししようとする狭量な人間など放っておけ。しょせんその程度の人間だったんだなと距離を置けばいい」
 尚が少女漫画を読もうが、仮に彼の部屋が美少女フィギュアに埋め尽くされていようが、あやめは気にしない。
 尚に優しくされて嬉しかったという事実は変わらない。

 だから、あやめは懸命に言葉を尽くした。

「……。そうですね」
 努力が報われたらしく、ようやく尚が顔を上げてくれた。

「ありがとうございます。中学のときにばれたときは、周りからからかわれて大変だったので……そう言ってもらえると嬉しいです」
 尚が微笑んだことで、あやめもほっとした。

「先輩はカノンの中で何が好きですか?」
「コミックを買っているのは絶賛アニメ放送中の『十条くんと恋人ごっこ。』と『空は笑う』の二作品だな。でも、一番好きなのは星詠うらら先生で――」
「そうなんですか!?」
 尚が言葉を遮り、瞳を輝かせた。

「ぼくもです! 星詠うららが一番好きなんです! わああ嬉しい! 湖城先輩もファンだったなんて、きっと知ったら喜ぶだろうなぁ……!」
 尚は満面の笑顔を浮かべている。
 いくらあやめが同じ漫画家のファンだからといって、この喜び方は尋常ではない。

 単に理解者に飢えていたというのなら、あやめがファンで「嬉しい」というのはわかる。
 しかし「湖城先輩もファンだったなんて、きっと知ったら喜ぶだろうなぁ」という台詞は理解不能だ。

「私がファンだからといって、何故星詠先生が喜ぶのだ?」
「ファンは一人でも多いほうが嬉しいでしょう?」
「それはそうだろうが、姫野くんの言い方だと『他の誰でもなく、私だからこそ喜ぶ』というようなニュアンスを感じたのだが」
 取って付けたような台詞には到底納得できず、あやめはなおも追及した。

「あー……うーんと」
 困ったように、尚は視線を泳がせた。
 ここで「いや、私の気のせいだろう」と撤回するのは簡単だったが、困り果てて悩む尚が大変可愛いという不埒な理由により、あやめは黙って経緯を見守った。

「……先輩は口が堅いほうですか?」
「ああ。他言無用だと言うのならば誰にも漏らすつもりはない」
 自信をもって顎を引く。
 すると、尚は「ちょっと待っててください」と一言残し、荷物を持ったままあやめから離れ、わき道へと入って行った。

 彼の言葉通りに、しばらく待つ。
 三分ほどして、彼は戻ってきた。

「お待たせしました。いまから少々お時間大丈夫ですか?」
「? ああ」
 母に頼まれた砂糖とみりんは備蓄用であって、すぐに必要なものではない。
 湖城家の夕食の時間にもまだ余裕がある。

「ではぼくの家に来ませんか? いま家に姉がいるので、姉と一緒に三人でお話しませんか?」
「……へ?」
 予想外の提案に、あやめは目を瞬いた。