一年前にエタンセル伯爵家より今は亡きアーロンへ嫁入りして、私は名実共にキーブルグ侯爵家の一員。

 旦那様に幼い頃から仕えていたという、若く優秀な執事クウェンティンの指導によって、キーブルグ侯爵家での書類仕事は板に付いていた。

 貴婦人であればあまり見ない領地管理や財務管理などの仕事ぶりを夫の居ない未亡人である私に付随する価値として見出してくれる人が居るのならば、すぐにでも再婚相手は決まってくれるはず。

 これまで一年間分の報酬として、それなりの持参金だけは頂き、キーブルグ侯爵家を出て義弟であるヒルデガードへ、アーロンから遺産として残された私が権利を持つ家督を全て譲るつもりだ。

 先のキーブルグ侯爵に勘当されてから何年間もの放浪の末、数ヶ月前に帰還した義弟ヒルデガードは、亡くなった兄アーロンの妻だった私と結婚して、妻と共に全てを手にするつもりだったらしいけど……ヒルデガードの粗暴な性格などを含む諸事情から、私は受け入れることは難しかった。

 けれど、結婚生活が一日たりともないのに私に残された亡き夫の遺産は、本来それを手にするはずの弟の元へ行くべきだとも考えていた。

 だから、喪明けした私は裕福な貴族男性をなんとか自力で誘惑して、早々に庇護を頼むつもりで居た。

 けど……ほんの数分も経たぬうちに、なんて弱虫で腰抜けだと罵られても良いから、この夜会会場から足早に立ち去りたい。