私は夢を見ていた。

 眠っていた私の手を握り、帰って来た夫アーロンが涙を流していた。彼は私が目を開いたことに気がついたのか、静かに言葉を発した。

「……悪かった」

「アーロン……泣かないで」

 だって、一年間死んだことになっていたのは、貴方のせいではなかった。

 それに、アーロンは指揮官として戦場で戦い、罪なき数多くの国民を守るために、家族さえ欺く必要があった。

 命を救ってくれた彼を非難することなんて、この国に住む人ならば誰にも出来ない。

 見事に欺かれていた私にだって、誰にも。

「ブランシュ。悪かった……泣かないでくれ」

 泣いているのは、アーロンの方でしょう。そう思ったけれど、彼の大きな手は近づき、私の冷たい頬を指で拭った。

 私は彼の前で眠りながら、泣いていたのかもしれない。


◇◆◇


 朝、目覚めた時には、私の部屋に居た。

 状況が掴めずに、暫しぼーっと天井を眺めていたけれど、昨夜あったさまざまな出来事が思い出され、信じられない気持ちで胸がいっぱいだった。

 昨夜の出来事が夢ではなかったという証拠に、鞭で叩かれて怪我をしている手には、鎮痛効果のある薬が塗られている様子で痛くない。しっかりと包帯を巻かれていた。

 そして、楽な寝巻きに着替えて、特別に用意したはずのあの赤いドレスは着ていない。

 これまでにはメイドにも怪我したことを隠していたのだから、これを治療してくれたか指示してくれたのは、アーロンなのだろう。

 手早く身支度を調えると、扉を叩く音がして、私はそれに応えた。

「どうぞ。入っても良いわ……」

「奥様。失礼致します。おはようございます」

 きっちりと執事服を来た年若い執事、クウェンティンの姿がそこにあった。

「……クウェンティン。昨夜の出来事は……」

 私が言わんとしていることのその先を、正確に理解しているクウェンティンは、無表情のままで頷いた。