今日初対面だというのに、いつも心の中で彼を呼んでいるようにアーロンと呼びそうになった私は慌てて敬称を付けた。

「ああ……留守の間、随分と不安にさせたようだ。本当に悪かったよ。何もかも説明するから、俺の部屋に戻ろうか」

 アーロンは私の手を握り歩きだそうとして、立ち止まり、私の手と自分の手を見比べた。

 彼の大きな手には、赤い血が付いてしまっていた。

「あ、これは……汚してしまって、ごめんなさい」

 ……いけない。赤い長手袋を身につけていたから、自分も気が付かなかった。

 包帯を巻いていたけれど、傷口が開き血が滲んでしまっていたのだろう。義母に鞭を打たれた時の怪我の赤い血が、アーロンの手を汚してしまっていた。

「これは……何か、怪我でもしたのか?」

 アーロンは心配そうな表情で、私の手袋を取り、訝しげな表情で取れかけていた包帯をめくった。

「……クウェンティン! クウェンティン! 俺の妻の手を鞭で打った奴は誰だ! さっさと教えろ……殺してやる!」

 悪鬼のごとく戦場を駆け抜け、自軍を勝利へと導く血煙の将軍。アーロン・キーブルグは、そう呼ばれていると知っていた。

 けれど、こんなにも恐ろしく、迫力のある男性だとは……。

 生きて帰って来た夫の鼓膜を破りそうなほどに覇気ある怒声を、間近で初めて聞いた私は、本日二度目の気絶をしてしまった。