冷たい涙がすうっと頬を伝ったのを感じて、眠っていた私はパッと目を開いた。

「え……ここは……」

 現在、自分がどこに居るのか、すぐには理解が出来なかった。

 上半身を起こして見回せば、ここは夫アーロンの主寝室。

 彼は亡くなったとは言え、当主の部屋だからと、常に綺麗にしていて……私だって、アーロンの代行をするために執務に必要な物を取りに何度も入った。

 どうして、私はここに居るの……? もしかしたら、仕事に疲れ、そのまま眠ってしまったのかもしれない。

 慌てて横になっていた大きなベッドから立ちあがろうとすると、温かな毛布を掛けられていた私は、自分があの時に着ていた赤いドレスをまだそのまま着ていて、あれは夢ではなかったと悟った。

「嘘でしょう……」

 あれは、夢ではなかった。亡くなったはずの私の夫は確かに生きていたのだ。そして、戦争に勝利して帰って来た。

 どこか遠くから、怒声が聞こえて来た。内容は聞こえないものの、激しく誰かを罵っているようで、私は慌てて部屋の外を出た。

「……何? 何があったの?」

 広い廊下に出ても、内容は聞こえない。私は声が聞こえて来る玄関ホールへと向かった。

「……ヒルデガード! 何故、俺の邸にお前が居るんだ? 五年前に、亡き父にお前は家族でもなんでもないと、勘当されただろう?」

「兄上……それは、父上も怒っていただけで……」