「……奥様。顔色が悪いです。大丈夫ですか? どうか、無理はなさらず、書類仕事などはすべて私にお任せください。奥様はただ今までのように健やかにお過ごしください」

 クウェンティンはまだ歳若いのに有能な執事で、彼に任せておけば間違いないだろうと、彼と知り合って間もない私だってそう思う。

 けれど、だからと言って自分がすべきことを、彼に全て任せてしまうことなんて出来なかった。

 義妹のハンナは、夫アーロンの葬式の日にやって来て私を嘲った。

『ふふっ……まあ、結婚したばかりで、夫が亡くなったの? なんだか、とっても! お義姉様らしいわ……いつでも、エタンセル伯爵家に帰ってらして。お待ちしておりますわ』

 隣に無言で表情を変えず座っていた義母のグレースだって、嫁いですぐに未亡人となった私に、同じような意味合いの言葉が言いたかったに違いない。

 自分たちの苛立ちのはけ口として扱っていた義娘と義姉なんて、裕福な侯爵家に嫁ぎ幸せになるべきではないと思っている。

 二人の顔を思い出すたびに、自分が何も出来ない役立たずなのだと罵られた日々が頭を掠めた。

 もう二度とあんな場所に帰りたくないという気持ちと共に。

 だから、私は亡き夫の遺産だけで、ただ安穏として生きていくなんて、とても考えられなかった。

「いいえ……爵位と財産を旦那様が遺してくださったのに……ただ、それを受け取るだけなんて出来ません。私にも手伝わせてください」

「……旦那様より、奥様の希望を最優先するようにと伺っております。ですが、決して無理はなさらないようにお願いいたします」

 クウェンティンは優秀な執事だけど、同時に優秀な教師でもあった。

 何年か前に母が亡くなって以来、家庭教師がつかなくなり簡単な計算しか出来なかった私を、根気よく繰り返し指導し領地経営や財務管理の何たるかを教えてくれた。