「キーブルク侯爵は、切れ者で若くして将軍まで上り詰めたお方だ。性格は軍人らしく荒いと聞いているが、容姿は良いらしい。きっと、お前を幸せにしてくれるだろう……」

 我がエタンセル伯爵家の繁栄のために、義母の腹いせの犠牲になった私は、これまでに幸せだったとは言い難いものね。

 それを実の父親から暗に示唆されて、情けなくなった私は、もう苦笑いするしかなかった。

 ……その時、私の名前を遠くから呼ぶ声が聞こえた。続いて、ガチャンと陶器が割れる音……また、始まったんだと思った。

 いつものことなのだけど、背筋が冷えて、胃が誰かにぎゅっと握られたかのように痛い。

「私……行ってきます」

 義母が不機嫌になり暴れることは、エタンセル伯爵家では良くあることだった。義理の娘の私一人が怒鳴られるだけで済めば、それは良い方だ。ただの使用人では公爵家の血を持つ義母に、殺されてしまっても何の文句は言えないのだから。

「ブランシュ……」

 その時、父は娘の私に、初めて謝ろうとしたのかもしれない。けれど、ここで彼が出て行って娘の私を庇ってしまえば、また義母の態度が悪化してしまう。

 それはもう既に何度か繰り返されて、私たち親子二人は疲れ果ててしまっていた。

 私は父に向けて静かに首を横に振り、何かで機嫌を損ねたらしい義母の元へと急いで向かった。