「君は過去を知らないからな。だからこそ、弟のヒルデガードは生かしておくべきではないと、兄の俺も思っては居るんだ。あれから王都中を探させているが、行方知れずのままだ。ブランシュが庇い情けをかけてやれば妻を惑わせるようなことを吹き込むとは、絶対に許さない」

 強い怒りの表情を見せたけれど、私の前だと思い直したのか、アーロンは息をついて真面目な顔を見せた。

「……それに、ブランシュと結婚出来たとて、シュレイド王国が滅べば、何の意味もないだろう? だから、死ぬ気で守った。俺の全力を以て。この国ごと……お前を守ったんだ。誰が愛していない女に、そこまでするんだ」

「アーロン……」

「ああ。いや……俺が何も言わずに、不安にさせてしまった。ブランシュが落ち着くまでと考えていたが……邸に帰ったら、少しだけ俺の昔話をしよう。それを聞けば、君も納得してくれるはずだ」

 アーロンはそう言って、私を連れて馬車へと向かった。馬車の前にはクウェンティンが待って居て、海水に濡れた私たちを見ると血相を変えて駆け寄って来た。

「旦那様! これは、何があったのですか?」