ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~

 ルイーズとエリーが休憩で外へ出た後、修道院長室にはどうやら外部の人間が来ていたようだ。ドアの前に立たされている男性が三人、エリザベスからお小言を言われている。
 この三人、市井に訪れる際に着用するような衣服だが、容姿が整い過ぎているため高貴な雰囲気が崩せていない。その中の一人は、顔にガーゼを貼っているため、少し悪目立ちをしているようだ。

「殿下、遅かったですね」
「すまない。ここへは早くに着いていたんだが、どうやらトラブルがあったようでな」

 エリザベスが、中央に立つ男性に話しかけた。

「そうでしたか。こちらも色々あって、休憩していたところです。今日ご紹介させていただく、ブラン家のご令嬢が戻るまで、お話させていただきたいのですがよろしいですか」

「ああ、よろしく頼む」

 エリザベスは、頷きながら男性たちにソファーへ座るように促し、ルイーズとエリーを交えてした会話の内容を話し始めた。

「それは間違いなく、影響を受けているな」
「ええ、でもブラン家にそのような力があったこと、殿下はご存じでしたか?」
「いや、初めて聞いた。ご家族は表沙汰にせず、力のこともご令嬢のことも守って来たのではないか」

 その時、ドアが三回ノックされた。

「失礼いたします。ルイーズ・ブランです」
「どうぞ、入って」
 
 部屋の中からはイリスの返事が聞こえた。ルイーズが部屋の中に入ると、エリザベスがドアを開けた所で出迎えてくれたようだ。

「ルーちゃん、エリーのことは聞いているわ。多分、今まで疑問に感じていたことが分かって、安堵のあまり気が緩んだのではないかしら。だから、エリーのことはエマに任せて。あまり心配しないで」
「はい」

 ルイーズの返事を聞くと、エリザベスはルイーズの背中に手を添えて彼らの元に連れて行った。

「ルーちゃん、こちらの方々が先ほど話した協力関係にある方たちよ」

 エリザベスが、ルイーズに彼ら三人を紹介してくれるようだ。その前にルイーズに自己紹介をさせようと、エリザベスが背中を軽く叩き、合図を送っている。

「お初にお目にかかります。ブラン子爵家が長女、ルイーズです。どうぞお見知りおきくださいませ」

 ルイーズは彼らの様子から、自分よりも身分が相当上だと判断したようだ。淑女科に在籍していた際に、徹底的に学ばされた王族に対する綺麗なカーテシーを披露するルイーズ。侍女科に移ってからは、自分が仕えることになる貴族家の主に対するカーテシーを猛練習していたため、不安ながらも身体が記憶していることを信じて、王族に対するカーテシーを行ったようだ。貴族とは面倒だが、ここで間違えれば紹介してくれたエリザベスに迷惑がかかるのだ。ルイーズも、そのことが頭を過ぎったために緊張しているのだろう。

 その様子を見ていたエリザベスは、上手にできた妹を褒めるかのように微笑みながらルイーズの背中をさすった。

「ルーちゃん、こちらの方から紹介するわね。こちらはリオン・クレメント様、辺境伯家の御子息で、レアのお兄様よ」

 銀色の髪に、紺碧と紫を混ぜたような夜空色の目をした美丈夫だ。先ほど怪我の手当てをしたときには、それどころではなかったのだろう。どうやら怪我の手当てをした相手だとは気づかなかったようだ。そして、リオンと目が合うと、ルイーズは目の色に見惚れてしまっているようだ。
「レアさんの……、先ほどは、急に肌に触れてしまい、大変失礼いたしました。その後、傷の具合は大丈夫でしたか?」

「ああ、先ほどは手当をしてくれてありがとう。ガーゼを当ててくれた後、すぐに止血したから大丈夫だ」

「そうでしたか。それは良かったです」

 会話が終わった後も、中々ルイーズから目を離さないリオンに、周りは戸惑っているようだ。そこで、エリザベスは注意を引きつけるべく、咳払いをした。それに気づいたのか、リオンがルイーズから目をそらした。
「気を取り直して……ルーちゃん、次はこちらの方ね。キース・エバンス様、公爵家の御子息で、いつも私たちとこちらの方々との橋渡し役をしてくれている方よ。これからはキース様とお話をさせていただくことが多いと思うわ」

「キース・エバンスだ。よろしく頼む」
「ルイーズです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 こちらは、一つに結わいた紺色の長髪と、水色の目が涼やかな美人さんだ。三人掛けソファーの奥に座っている、金髪碧眼の貴公子然とした美青年と、顔の作りが少し似ているようだ。

「最後に、こちらはカルディニア王国第一王子のアレックス殿下よ」
「初めまして、アレックス・カルディニアです。どうぞよろしく」

 顔は知らなかったが、名前は知っていたのだろう。その名を聞いた瞬間、まさか修道院でこの国の第一王子に会うとは思いもしなかったルイーズは、少しばかり緊張した。

「ルイーズ・ブランです。どうぞよろしくお願いいたします」

 ルイーズは、自分の挨拶に納得できなかったのだろう。マナーの授業で習った挨拶を、思い返しているようだ。その時、イリスが皆に声を掛けた。

「さあさあ、自己紹介も済んだようだから、こちらに座ってお話したらどうかしら」

「そうですね。ルーちゃんも緊張したでしょう。ソファーに座ってゆっくり話しましょう」

 イリスの提案にエリザベスも頷き、ルイーズをソファーに座らせた。

 それまで、ソファーから少し離れたところで黙って様子を伺っていたレアがソファーに近づき、兄であるリオンに話しかけた。

「兄上、さっきはすまなかった」
「ああ、大丈夫だ。怪我の事は気にするな。さっきは、俺もちゃんと話を聞けなくて悪かった。リリーのことは、今度会って話をしよう」
「わかった」

 どうやらクレメント兄妹は仲直りをしたようだ。レアは安心したような表情で、ルイーズに向き直ると御礼を伝えた。

「ルーちゃん、兄の怪我を手当てしてくれてありがとう。感謝する」
「私は大したことはしていませんから。でも、お兄様大丈夫そうで良かったですね」
「ああ」

「レアにルーちゃん、そろそろ良いかしら」

「はい」
「すまん」

 エリザベスの呼びかけに、ルイーズとレアはこれから大事な話があることを思い出し、皆の方へ向き直った。
「先ずは、これまで多くの有益な情報を提供してくれてありがとう。その情報を基に、いくつか分かったことあるんだ。私自身、完全に理解したとは言いづらいが、現状、こちらで確認している内容を皆に知っておいてほしい」

「こちらとしては、最初から教えておいてほしかったですわね」

 第一王子アレックスの説明に、エリザベスから不満の声が上がった。

「それについては、申し訳なかった。しかし、こちらで危険だと判断したものに関しては、これからも伝えるつもりはない」

「そんなに危険だと思われる情報を、こちらが把握していないことの方がよっぽど危険だと思いますわ。もし問題が生じても、何も知らなければ、こちらでは対応ができませんもの」

「エリザベス、そう責めないでくれないか。これからも今まで通り、問題が解決するまでは協力を願いたい。これからも、どうかよろしく頼む」

「危険なことは知らせないだなんて……、その考えは分からなくもありませんが、そんな悠長なことを言っている場合ではないのでは?」

「お前は、何でアレックスに対していつもそう喧嘩腰なんだ。いい加減にしろ、不敬だぞ。昔はもっと仲が良かっただろうに」

アレックスとエリザベスのやり取りを見かねたキースが口を挟んだ。


「お前たち、話しが前に進まない」

「すまない」「すまん」「失礼いたしました」

 まだまだ終わりそうにもない言い合いを、リオンが終わらせた。リオンの鋭い眼光で見つめられたら、アレックスとキース、そしてエリザベスの三人は、黙るしかない。

「話が逸れてしまって申し訳ない……。アレックス、早く話してやってくれ」
 リオンが三人以外の者たちに謝り、話し出さないアレックスに早く話すようにと急かした。アレックスはリオンに頷くと、全員の顔を見てから話し出した。

「皆、待たせてすまなかった。……ここからは重要な話になるからよく聞いてほしい。

50年前の問題が起きたとき、当時の第三王女と深く関わった者たちは、皆一様に不自然な言動を取っていたらしい。初めの頃は、若者特有の精神状態だと大人たちは思っていたそうだ。

それからすぐに、婚約を破棄するものが増えて、大人が気付いた時には手遅れの状態だった。ここまでは、皆も話には聞いたことがあると思う。しかし、厄介なのはその後だ。結局、原因も分からずに、問題は解決しないまま、時だけが過ぎてしまった。そこで私たちは、第三王女と関わった者がおかしくなった原因をずっと探ってきた。そして、行き着いたのが先代の王妃が保有していた原石だった。

その原石は、隣国から嫁いでくるときに父王から貰ったものだそうだ。私たちはそれらの回収を急いだ。しかし見つかったのは大きな宝石が一つだった。隣国の者に確認したところ、その原石は傷もなく結構な大きさがあったようでね。大きな宝石が一つと、小さい宝石が数個は作れるという話だった。しかし、今こちらの手元にあるのは大きな宝石が一つだけ。加工した際の残りの宝石はいくつあるのか、そしてその中の一つは第三王女に渡されたと思うが……、その宝石も未だ見つかっていない。今はその残りの宝石を探しているところなんだ。君たちに話せる内容はここまでだけど、何か気になったことはあるかい?」

アレックスの話を聞いた直後に、考え込んでいる顔のエリザベスが口を開いた。

「隣国の者とは、どなたでしょうか? それと、何故、原因が宝石だと思われたのですか」

「それは、隣国の第二王子だ。この話は第一王子には伝えてはいない。今はこれ以上の事は言えないが、時が来れば皆の耳にも入るだろう。それと、原因だと思った理由だが、第二王子の情報で、その宝石が隣国の秘宝だということが分かった。しかも、隣国は扱いの難しい石だということも分かっていながら、その秘宝をわざわざ嫁ぐ娘に渡した。それは、もう個人間の問題では済まされない……、ということは分かるよね」

「……なるほど、それについては分かりました。後は、宝石について詳しくお聞きしたいのですが、それはエマが来てからでも良いでしょうか」

「そうだね。エマも知っていることがあるかもしれないから、そうしよう。それまでの間、皆少し休憩すると良いよ」

 アレックスとエリザベスの会話が落ち着きを見せたところで休憩となったようだ。休憩と聞き、ルイーズは皆に話しかけた。

「少し外に出てきても良いでしょうか?」

「ルイーズちゃん、エリーちゃんの様子が気になるのね。私も様子を見に行くわ、一緒に行きましょう。」

 ルイーズとイリスは、エリーが休んでいる医務室へ向かったようだ。


 ルイーズとイリスが医務室内に入ると、エマがエリーの眠るベッドの横の椅子に腰掛けて、添い寝をしていた。誰かが部屋に入ってきたことに気づいたエマは、音のする方を見やると、入ってきたのが二人だと気づき、ほっと胸を撫でおろした。

「イリス様にルーちゃん、まだエリーはぐっすり寝ています。おそらく、緊張状態が続いていたのかと思います。今日は私たちがこちらを出るまで、エリーを医務室で休ませていただいてもよろしいでしょうか」

「そうね、無理はさせない方が良いわ。こちらでエリーちゃんの付き添いは付けるから、エマちゃんはあちらに戻ってあげて。私とルーちゃんもしばらくしたら戻るから」

 イリスに修道院長室に戻るように言われて医務室を後にするエマ。

「エリー落ちついてる……良かった」

 エリーの顔を覗き込むと、穏やかな寝息を立てて眠る様子にルイーズは安心したようだ。そこにイリスが声をかけた。

「ルイーズちゃん、今日は初めて聞く話ばかりで疲れたでしょう。私は付添い人を連れてくるから、それまで、ここで少し休むと良いわ」

「ありがとうございます。ご厚意に甘えて、そうさせていただきます」

 イリスの言葉が有難かったのだろう。ルイーズの表情が少し和らいだようだ。エリーの隣で一息ついたら、また集中して話を聞こうと思っているのだろう。

 イリスとルイーズが外に出た後、修道院長室に残ったアレックスとキース、リオンとエリザベスにレアの五人が今後について話していた。そこに、医務室からエマが戻って来た。エリザベスがエリーの状態をエマに確認している。

「大丈夫よ、今はぐっすりと眠っているわ。私たちが帰るころには起き上がれると思う。多分だけど、今までルーちゃんのことを心配してても、自分ではどうにもできないから不安しかなかったと思うの。それがここにきて、一気に状況が動いたでしょう。だから張りつめていたものが解けて安心したのだと思うわ」

「そう……一人で抱えていたのね。以前、エリーがルーちゃんを私に紹介したがっていたのは、そういうことね。その時は、婚約解消の助っ人のためだと思っていたわ」

「両方だと思うわ。私もエリーの出すサインに気づかなかった。エリーが侍女科に移ると時、ルーちゃんも一緒だと聞いていたのに、一緒で良かったわねとしか言えなかった。多分あの頃から、エリーなりにルーちゃんを守る環境を作っていたのよね」

「そうね。本人たちには自覚がないし、女学院にいるから上手く隠れているけど、二人共すごい美少女でしょ。卒業して社交デビューを迎えたら、釣書が殺到するわよね。……だから、ルーちゃんのお父様も婚約を急いだのかしら……それも、自分の目の届く近くの男爵家との縁組……万が一、力のことが知られても婚約していれば……ということは、お祖父様がルーちゃんを連れてあちこち巡っていたのも……後継者教育だけではなく、相手を見つける目的もあったのかしら……」

「リザ、今日は冴えているわね。その予想、真相に近いかもしれないわ」

「失礼ね、今日もよ」

「話の途中ですまない。先ほど婚約解消と聞こえたが、ブラン家の御息女の話だろうか?」

「ええ、もう一年前になるかしら。結局は解消ではなく、白紙になったそうですわ」

「そうか……その後、誰とも婚約はしていないのだろうか」

「……ええ、しばらく婚約はしないと、お父様に話したそうですわ。まあ、その後すぐに淑女科から侍女科に所属が変わりましたから、婚約の話に動きはないと思いますわ」

「そうか」

 リオンの問いかけに対して、疑問に思いながらも律儀に返答するエリザベス。そのエリザベスの答えに何故かほっとしたような表情のリオンに、アレックスが声を掛けた。

「リオン、やけに熱心に聞いているけど、以前からの知り合いなの? 対面したときのルイーズ嬢はそんな風には見えなかったけど」

「…………10年近く前のことだ。覚えていなくても仕方がない」

 リオンの呟きとも取れる声に、その場にいる全員が驚いた様子だ。エリザベスとエマは顔を見合わせたかと思ったら、すぐさまエリザベスがリオンに問いかけた。

「ルーちゃんが、辺境伯家に行ったことがあるということ? 誰と?」

「そうだ。その時はブラン家の前当主と一緒だった」

 リオンの返答を聞いたエリザベスとエマは見つめ合い頷き合っているようだ。

「何故、兄上だけが会っているんだ。私は学院に入るまで、ルーちゃんには会ったことがない」

「その時は……母上の実家に遊びに行っていたレアは屋敷にいなかった。」

「そうか……残念だ」

 そんなクレメント兄妹のやり取りを見ていたエマが、レアに声を掛けた。