ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~

 ついに迎えた、淑女科3年生と侍女科2年生の合同授業(お茶会)当日。この合同授業(お茶会)は、侍女科の技量向上を目的として催される。
 侍女科の主な参加者は、2年生だが、就労先が決まっていない3年生の参加も認められている。淑女科の生徒たちは、お茶会終了後に侍女科の生徒に対して気づいたことや助言等を用紙に書く。教員は、淑女科の生徒から渡された用紙を元に、生徒に助言をする。

 教員はもちろんその場にはいるが、生徒たちのやり取りを見聞きしても、口出しはしない。取っ組み合いの喧嘩などがあれば止めるだろうが、そのようなことが無ければ、静観するだけのようだ。ある意味、生徒にとっては試験よりも緊張する時間なのではないだろうか。

 お茶会は、淑女科の生徒たちが良く利用するサロンで行われるようだ。侍女科の生徒たちが、前日からお茶会の会場となるサロンで、テーブルや椅子を設置して、会場を作り上げたようだ。テーブルの上には、今朝摘んだばかりの薄紅色の花がきれいに飾られている。

 今は、侍女科の生徒たちが、教員のマノン先生から、段取りの説明を受けているようだ。何かしらの変更があったのか、ルイーズたちも真剣な表情だ。ルイーズの隣にいるエリーは、少しばかり表情が曇っているように見えるのだが。

 話を聞き終えた生徒たちは、各自の持ち場へ戻り、の周囲の点検からテーブルセッティングを確認している。ルイーズとエリー、それからクレアと、ミアの四人は、同じグループのようで、協力し合い作業をしているようだ。

「ねえ、今の話だと……、私たちは高位貴族の方たちのテーブルに着くのよね。初めてのお茶会からそれはないわ~」

「グダグダ言ってないで、手を動かしなさい」

 ミアが三人に話しかけるも、クレアからはお叱りを受けたようだ。とそのとき、エリーが四人に対して謝罪を口にした。
「皆、ごめんね。私たちが着くテーブルには、多分、私の姉がいるわ」
「エリーのお姉さん? それなら、そんなに緊張する必要ないかもしれないわね。身内がいれば、大目に見てくれそうよね。良かった~」
 ミアの言葉に反応したクレアは、またミアを𠮟っているようだ。

「エマさんが? エリーを心配して来てくれるのかしら」
「何も聞いていないから分からないけど……」

 ルイーズの言葉に答えるも、何やら浮かない顔をしているエリー。その時、マノン先生から、上級生が席に着くため、控室に移動をするように声が掛けられた。本来のお茶会通りに、準備を終えた侍女科の生徒たちは、控室で待機して、必要な時に補助の役目をこなすのだろう。

 控室で待機しているルイーズ達にも、上級生の移動する音が聞こえてきたようだ。待機している侍女科の生徒の中にも、顔の強張っている者たちがちらほら見受けられる。否応なしにも緊張感が高まってきたようだ。それぐらい、このお茶会に期待している生徒も多いのだろう。これから、生涯にわたり仕える者との出会いがあるかもしれない。きっと、様々な感情が入り混じっているのだろう。


 お茶会は、予定通りに開始された。学院内での催しのため、時間厳守がお約束である。

 淑女科の生徒たちは、全員が制服を着用して、時間前から席についていたようだ。お茶会を楽しむというよりは、授業に対する意識が高いのだろう。

 侍女科の生徒たちは、マノン先生から淑女科の装いについては聞いていなかったようだ。きっと、色とりどりな光景の中で、給仕をすると思っていたのだろう。彼女たちは何かを考えるような顔つきだったが、自分たちの着用している黒いメイド服と白いエプロン姿を確認すると、迷いがなくなったのか、速やかに動き始めた。

 ルイーズたちの四人も、担当テーブルに着き、紅茶を給仕する。今回担当するのは、クレアのようだ。クレアが紅茶を出し終えた後、エリーにはそのまま残ってもらい、ルイーズとクレア、ミアの三人は控室に戻ったようだ。

 ルイーズとミアが、茶葉とお菓子の確認をしていると、後ろからクレアが話しかけてきた。

「ねえ、私たちのテーブルなんだけど……、ティースタンドの下段を見て。サンドイッチが既にないわ。あの方、何だかすごい勢いで食べてるわよね」

「……あんなきれいな人が……。すごいわね。エッ、もしかしてこれって何かの罠?引っ掛け? ……かしら」

「本当ね。すごい勢いで食べてるわ。普通にお腹が空いているのかしら?私、軽食を補充してくるわ」
どうやらルイーズが、軽食の補助に向かうようだ。貴族令嬢があんなに食べるなんて、三人も想定外だろう。三人は急いで軽食を準備する。

 スコーンとクロテッドクリーム、そしてサンドイッチ。それらをティーワゴンに乗せて運ぶようだ。ルイーズは、急ぎ足でテーブルに向かった。

 テーブルに着くと、上級生に丁寧に声を掛けて、ティースタンドのお皿にサンドイッチとスコーンを補充する。

「ありがとう。もう少し頂くよ」

 辺境伯令嬢のレアは、補充したばかりのサンドイッチを手に取りながら、ルイーズにお礼を伝えた。

「もしかして、君がルーちゃん?」
「はい。エマさんからは、そう呼ばれています。ルイーズと申します」
「そう。ルーちゃん、ありがとう。朝から剣の稽古をしていたから、お腹が空いてしまってな。助かったよ」
「剣……、ですか。あ、申し訳ございません……。喜んでいただけて良かったです。どうぞごゆっくり召し上がってください」

 レアの言葉に躊躇ったのか、少したどたどしかったが、レアにも丁寧に接することができて良かったのではないだろうか。

 しかし、その様子を心配そうに見守るエリー。ルイーズが補充を終えて、控室の方に向かって行くと、エリーはレアの横にいるエマをじっと見つめた。

 エリーのもの言いたげな様子に気づくと、エマは声を出さずに『ごめん』と口を動かした。

 その後、クレアとエリーが配置を交換して給仕をして、ルイーズとミアが補充を繰り返した。他の侍女科の生徒たちも、大きな失敗をすることはなく、無事に終えられたようだ。

 こうして初めての合同授業(お茶会)は終了した。
 エリザベスとレア、そしてエマの三人は、お茶会が終了した後に生徒会室へと戻って来た。三人はそれぞれの定位置であるソファーに腰を掛けて、何やら思案しているようだ。

 落ち着いてきたころ、エマが口を開き話し出した。

「レア、先ずはあなたに言いたいことがあるわ。今日のお茶会は授業の一環だってこと、分かっているわよね。それなのに、あんなにもサンドイッチをバクバクと食べて! あそこには、食事をしに行っていたわけではないのよ。時と場所を考えて」

「まあ、そう怒ることもないじゃない。レアの行動によって、あの子たちの対応を見ることもできたのだし。ゲストの観察も、迅速な対応も出来ていたのではないかしら。エマ……、そう怒らないで……、眉間に皺が寄っているわよ」

 エリザベスの言葉を聞いたエマは、急いで眉間の皺を確認しているようだ。

「でも、エマの言うことにも一理あるわよね。レア、私たちは淑女科の生徒なのよ。しかも、生徒会に属しているの。これでも、生徒の見本にならなければいけない存在なのよ。次回からは気をつけましょう、レア」

「ああ、わかった。すまなかった、次回からは気をつける」

 反省するレアに、エマは頷き、エリザベスは「そうね、気をつけましょう」と言葉を続けた。これで、この話も終わりかと思われたその時、エマがハッとした表情でレアを見つめた。

「違うわ、そうじゃないのよ。言おうとしたことは別にあるの。レア、エリーとルーちゃんのことはそっとしておくようにお願いしたでしょ。リザもよ、お願いだから二人の事はそっとしておいてね」

「何だか、不自然ね。今日知り合ったのだから、どこかで会えば声を掛けることもあるだろうに。まあ……、良く分からないけれど、分かったわ」

「……分かった」

 エマの言わんとしていることが、さっぱり分からないという顔の二人だったが、何か事情があるだろうことは察したのか、ここは引き下がったようだ。

 エマは自分の言い分を聞き入れてくれた二人に、一先ず安心したようだ。
「やっぱり、有耶無耶にされると駄目だわ……。エマ、本当に言えない内容なら、言わなくても良いのだけど、何故そこまであの二人をそっとしておけだなんて言うのかしら。何も知らない此方としては、とても気になるわ。私は、従姉妹だけれど、家族同然に思っているのよ。あの忌々しい事件、ああ……問題ね。あの問題自体が、未だに謎だらけなのよ。あれを片付けるまでは、他の事に疑問を残すことはいやなの。ましてや、それが大切な友人の事なら尚更ね。だからもし、話せる内容なら教えてほしいわ」

「ごめんなさい。確かに、あんな言い方をしたら気になるわよね。でも、大したことではないのよ」

「…………」

 エマが話を逸らそうとするも、今度は中々引き下がらないエリザベス。観念したのか、エマは戸惑いながらも話し始めた。

「……、分かったわ、話すわ。あれは……、私が9歳になる前のことね。その日は、ブラン子爵夫人とルーちゃんが、うちに遊びに来ていたの。母親達は、いつも通り二人でお茶会をして、エリーとルーちゃんは、子供部屋で遊んでいたわ。その日は、私も屋敷にいたから子供部屋に向かったの。部屋では二人がおままごとしていたけど、私は興味がなかったから、離れたところからその様子をただ見ていたわ。その時、『……侍女になるね』『……なるわ!』なんて薄っすらと会話が聞こえたから、『二人は侍女にはなれないわよ』て声を掛けたの。あの頃の私は、友達なんて興味もなかったけど、ちょっとだけ羨ましかったのかな……。大泣きされたから覚えてるのだけど、その時は余計なことを言うのではなかったと反省したわ。今回、二人が侍女科に移ったでしょう?あの時のやり取りは本気だったのかと思って、エリーに聞いてみたの……」

 次に続く言葉を言おうか躊躇う様子のエマに、エリザベスが穏やかな声で話しかけた。

「大丈夫よ、ゆっくりで良いから。話してみて」

 エマは、頷きながらも、どの様に伝えれば良いのか迷っている様子だ。
「エリーは、二人で一緒に侍女科へ移れたことは、喜んでいたのよ。でも、『ルイーズは、あの頃のことを覚えていない』て言うのよ。あの子はそれ以外の事を教えてくれないし、その時は、子供の頃の記憶なんて、曖昧なこともあるかと思ったのだけど……。後から考えると、違和感があるのよね。ルーちゃんは、特に、思い出とか約束とかを大切にしそうなのに、覚えていないなんてことあるのかしらって。小さな頃の事を覚えていなくても、仕様がない……、で片づけてはいけないような……。ごめんなさい。話している私が分からないのに、理解するのは難しいわよね」

「そうね。でも、エマが違和感を覚える気持ちは理解できたわ。そういう違和感を、甘く見てはいけないのよね」

 それまで、聞き役に徹していたレアが、話を切り出した。

「ルーちゃんの家名はブランだったか……、ブラン子爵家。確か、先代当主は端麗で剣のお強い方だった、という話を父から聞いたことがある。先代は、今も健在なのだろうか」

 ブラン子爵家の先代当主について聞かれたエマは、昔のことを思い出しながら、考えを巡らせているようだ。

「そういえば、諸外国を巡っていると聞いたことがあるわ。ルーちゃんが幼少の頃は、よく一緒に連れて歩いていたそうよ。歳の離れた弟がいるのだけど、その子が生まれるまでは、ルーちゃんを後継者として、育てていたのではないかしら」

「ねえ、エリーは他に何か言っていなかった?」

「子供の頃は、ルーちゃんの目はとても綺麗だって言っていたわ。『森の中ってあんな感じなのかしら』て聞かれたことがあるの。私の想像する森は暗い印象だから、『森は暗くて怖いわよ』と答えたのだけど……」

 目を閉じて思考するエマを、エリザベスとレアが静かに見守っていると、気になることがあったのか、エマが二人に問いかけた。

「二人は、小さい頃に絵本や写本を見たり読んだりしたことはある?」
「もちろんあるわ」
「ないな」

エマの疑問に答えるエリザベスとレア。
「そう。それならリザに聞くけど、写本や絵本の色合いってどんな感じなの?」
「そうね、写本は煌びやかで色鮮やかな印象かしら。絵本はそれを〈子供向け〉にしたものかしらね」

 エリザベスの返答を聞いたエマは、何かが腑に落ちたようだ。

「捉えかたの違い……。気づかなかったわ。エリーにとっての森は、新緑や木漏れ日?かしら。そうね、それだったら納得できるわ」

「エマ、どういうことか教えてくれる?」

 一人で納得するエマに、エリザベスがその先に続く言葉を求めた。

「私が思う森の印象は、実際に見たことのある夜の暗い木々なの。だけど、エリーにとっての森は、新緑や木漏れ日のような明るい印象なのよ。エリーは、よく絵本を読んでいたけれど、私は挿絵のある本をあまり好まなかったから、気づかなかったわ」

「森の話は分かったわ。それで、何に納得していたの?」

「ルーちゃんの目の色よ。エリーと私の森の印象が全く違うのよ。二人の主観に違いがあったから、話しが嚙み合わなかったんだわ。幼い頃のルーちゃんの目の色は……、青緑?というのかしら。透き通った色でとても綺麗だったわ。でも、今は青より緑が強いのよね……、エッどういうこと?」

「こちらが聞きたいわよ……。ルーちゃんは貴族令嬢よね。毎日、野山を駆け回っていた訳でもないわよね。もし環境によって変化したのではないなら……、ご家族はどうなのかしら。エマらしくないわね、おかしいと思わなかったの?」

「劇的な変化があった訳ではないから……、そこまで真剣に考えなかったわ」

「確かに、劇的な変化はないのだけど、何かが引っかかるわね」
「…………」
「…………」

 エリザベスの発言を、肯定するかのように黙り込むエマとレア。

「少し調べてみましょう」

 三人は視線を合わせて頷いた。
 侍女科にきてから半年ほどの月日が流れ、新しい環境にもようやく慣れてきたルイーズ。まだ学ぶことは山ほどあるが、一つ一つ学んだことを身につけて、確実に自分のものにしているようだ。こんな順調に進んでこれたのも、先生や友人たちの協力があってこそだとルイーズも思っているのだろう。

 ルイーズは、今までLノートに書き綴ったページを見返していた。

 最新のページに目を留めると、合同授業のお茶会での出来事を思い出しているようだ。
 お茶会では、自分が淹れる紅茶の味に納得ができず、給仕当番を外してもらった。背中を押してくれたエリーとクレア、そしてミアの三人にも断りを入れたのだ。

「私って、頑固なのかしら……。こだわりって言えば聞こえは良いけど、侍女になったらそんなことは言ってはいられないわよね。丁寧に迅速に、作業をこなしたいとは思うけど……」

 侍女の仕事は、限られた時間内にこなさなければいけない作業も多い。しかし、ルイーズとしては〈適当なものは出したくない〉というこだわりが強いのだろう。

「三人は、香りも味も良いって言ってくれたわ……。それから、味の好みは人それぞれだとも言っていたわね。これからは、一つの味に拘らず、色々な味も知るべきよね。それに慣れてきたら、茶葉のブレンドも上手にできるようになりたいわ。それから……、あの時は、実践の場で試す機会を逃してしまったわね。……次こそは、必ず行動しましょう」

 普段ならば当たり前のように思えることでも、没頭していると気づきにくいこともあるようだ。

 今回も、Lノートには新たな課題が書き込まれていく。紅茶に関しては、自分の中で折り合いをつけたようだ。

 それからまた、Lノートの中でも気になる課題に視線を向けるルイーズ。

〈馬車通学→自分以外の家族が使用するときはモーリスが往復(お父様は乗馬も可能)〉

 やはり、自力で通える方法がないか考えているのだろう。御者のモーリスに相談した時、『これから環境が変わるのだから、慣れるまではこのままで様子を見ましょう』と言われたが、侍女科にも慣れてきた今、どうしても考えてしまうようだ。

「お父様やモーリスに、乗馬の練習がしたいとお願いしても、きっと反対されるわよね。誰か教えてくれる人はいないかしら……」

 侍女科に移ってから、急に活発になったルイーズ。侍女科の活動的で積極的な仲間たちに感化されたのか、それとも元々の性格なのか。淑女科にいた時であれば、乗馬をするなんてことは思いもしなかったのではないだろうか。新しい経験や知識を通じて、確実に視野が広がっているようだ。ルイーズにとっては、きっと良い変化なのだろう。

「そうだわ。明日はお休みだし、皆に私の淹れた紅茶を飲んでもらおうかしら」