父親からは、トーマスも歳のせいか、最近は足腰の衰えが目に付くようになったと、話には聞いていた。小さな頃から、穏やかな笑顔で出迎えてくれるトーマスは、ルイーズにとって祖父のような存在なのだ。無理をしてほしくないから、ついつい余計なことを言ってしまうのだろう。毎度毎度このやり取りをする度に、ルイーズは切なくなるようだ。

「とんでもないことでございます。それはさておき、先ほどお嬢様の婚約者様がお越しになりました。今は、旦那様とお話をなされています。お帰りになって早々、申し訳ございませんが、そのまま応接室に向かっていただけますか。」

「ええ、このまま向かうわ」

 玄関から屋敷に入り、右側にある廊下を少し進むと応接室がある。普段は快適に感じるこの距離も、今日に限っては憂鬱そうだ。

 心を落ち着けながら、応接室のドアをノックする。

「ただいま戻りました、ルイーズです。お呼びでしょうか」

「入っていいよ」

 部屋の中からは父親の返事が聞こえてきた。ルイーズがドアを開けて中に入ると、見知った顔の人物が、目の前のソファーに座っていた。婚約者のオスカーと、その父親のジャンだ。

 ルイーズの父ルーベルトとオスカーの父ジャンは、王立学園の同窓であり、幼馴染である。
子爵と男爵で爵位が近く、領地が隣り合っているため、昔から家族ぐるみの付き合いをしているようだ。

 以前は、子爵家の一人娘だったルイーズが、この子爵家の跡継ぎとされていたが、それから数年後に年の離れた弟が生まれたことにより、男爵家嫡男のオスカーと婚約が結ばれた。

 そのような事情があることから、この婚約が解消になることはないと誰しもが思っていた。だが、ここにきての不安定な状況。この婚約は、経済的支援や領地がらみの契約は交わされていないようだ。破棄したところで、わだかまりが残るようなものでもない。しかも、爵位の差はほとんどなく、父親同士の仲が良い。そのような背景があるため、青二才のオスカーは、すぐにでも婚約は解消できると考えたのだろう。しかし契約は契約だ。ここでわだかまりが残らないように、動かねばならない。