朝日が昇る前の時間に、修道院を訪れる人物が一人。
 その人物は、馬車から降りると、慣れた様子で修道院の院長室に向かう。
 普段は旧友に会うために、月に一度は訪れているのだが、ここ最近は時間が取れず2か月ぶりの訪問。

「久しぶりね、グレース。会いたかったわ」
「私も会いたかったわ。イリス」

 久々に会う友人と抱擁を交わし、お互いに無事であるかを確認しているかのようだ。
 修道院長のイリスに勧められて、ソファーに腰かける学院長のグレース。

「しばらくこちらに来られなかったけど、貴女もシスターたちも変わりはないかしら?」
「ええ、皆変わりなく、穏やかに過ごせているわ」
「それは何よりだわ。何か困ったことはないかしら。不足しているものは?」
「大丈夫。届けてもらっている物だけで十分よ」
「そう」

 50年程前に心身ともにバランスを崩し、この修道院に入りシスターとして過ごしていたイリス。今ではシスターたちを見守り、導いていく修道院長になった。

 立派になった姿を見ても、傷ついた友人の姿を間近で見ていたグレースは、ついつい過保護になってしまうようだ。いくつ歳を重ねても、それは変わらないのだろう。

「そういえば先日、元生徒の娘さんが淑女科から侍女科への変更の手続きにきたのよ。
まっすぐでやる気に満ちていて、それだけで只々応援したくなってしまったわ。
その場で勝手に面接をしたから、後で他の先生には怒られるかもしれないけど……」

 はにかみながらほほ笑むグレースに、イリスは同意するかのように答えた。

「良いんじゃないかしら。昔の私たちでは、考えられないけどね」

「本当にそうよね。……生徒たちは、娘や孫のような存在というのかしら。絶対的な味方でいてあげたいのよ」

「分かるわ」


「ただ、年齢的にもね、そろそろ次に引き継ごうかと思っているの。先生たちも優秀だし、安心して任せられるわ。後は……問題が解決すれば、憂いはないわ」

「……先週、王子と公爵の御子息が訪ねてきたわ。……例の物は、まだ見つかっていないそうよ」
「そう……あの子たちには、不憫な思いをさせているわね」

「あの子たちも、問題が解決しない事には前に進めないのよ」

「そうね」