ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~

「エリー、声が響いてるわよ」

「…………気持ちが抑えられなかったの」

心情を吐露するエリーに、エマが軽い溜息を吐いた。

「エリーが、ルーちゃんを大切に思う気持ちは分かるわ。でも、エリーのそんな行動は望んでいないと思うわよ。

それに、ルーちゃんは強いわよ。好奇心も旺盛だし、切り替えも早い。自ら答えも探して、前に進んでる。周りは、本当に助けを必要としている時だけ、手を貸してあげれば良いと思うのよね。
社交界に出れば、姑息な手を使ってくる女性だって多いのよ。あんな光景を見たからって、一喜一憂していたら身が持たないわ。

まあ、そんな手にまんまと引っ掛かって、大事な人を失う男性も女性も多いらしいけど。その時は、自分の馬鹿さ加減を反省して、次に行くしかないわよね」

「それでも、リオンさんの言葉を聞いて嬉しかったのに……」

「確かに……僕もがっかりしました」

「まあね~」

エマの言葉の一つ一つが気になるリオンは、眉間に皺を寄せて話を聞いている。

「その話は自分のことだろうか」

自身の名前が出てきたことで、ようやく気づいたようだ。

そんな会話を背中越しで聞いていたルイーズは、ドアから離れて作業場所に戻っていった。

「私は、何を言おうとしたんだろう」
エマの言葉を聞いて、冷静になったルイーズは、軋むような胸の痛みを落ちつかせることができたようだ。自身の気持ちや、今すべきことは何か、様々なことを心に問いかけながらも、目の前の作業に集中するルイーズ。

ドアの隙間から入ってくる声も、ルイーズには聞こえていないようだ。

一方で、ドアの前で繰り広げられていた言い合いも決着がついたようだ。エリーがキッチンに入ってくると、何事もなかったかのように、ルイーズの側に歩み寄った。

「任せちゃってごめんなさい。私も手伝うわ」

「……エリー、ありがとう」

「…………うん」

ルイーズにお礼を言われると、少しだけ涙ぐむエリー。そんなエリーを見つめながら、ルイーズは何かを思い出しているようだ。

「そうだわ……エリーは…いつも、言い返してくれていたわ。優しくて、熱いところがあって……なんで、忘れていたのかしら……」

顔を上げ、目を見開いてルイーズの表情を伺うエリーは、その直後、顔をくしゃくしゃにさせて泣き出した。涙腺が決壊したようだ。その様子を見たルイーズもまた、顔をくしゃくしゃにして、笑うように泣いた。

しきりに泣いたエリーの涙も止んだ頃、エリーが何かを思い出したような表情で、ルイーズの顔を見た。

「忘れてたわ。さっき、リオンさんとキースさん、あとクロードさんが部屋に来たの。手が空いたら、隣の部屋に来るようにって言っていたわ」

「そう。それなら、折角だからマドレーヌを持っていきましょうか」

「…………そうね、さっき睨んじゃったし」

「フフッ……じゃあ、用意しましょう」

二人は急いで、お茶の用意を始めたようだ。
ルイーズとエリーが皆の待つ部屋に入ると、良い香りに釣られたエマが、二人のところに飛んできた。
「わあ~ 良いにおい。焼きたてね、お茶をしながら話しましょう」

テーブルに全員分のお茶とマドレーヌを置くと、ルイーズとエリーもソファーに腰掛けた。

「姉上、エリーさん……泣いていたんですか?二人とも目が赤いですよ」
「リアム君、心配かけてごめんね……さっき、ルイーズが昔の記憶を少しだけど思い出したみたいで……嬉しくて」
「本当ですか⁉ 姉上、エリーさん良かったですね」
「うん」「ありがとう」
「二人とも良かったわね! 後でゆっくり話を聞かせてね」

エマに向けて笑顔で頷く二人を、リオンがもの言いたげな様子でじっと見ていると、横に座っているキースが話し出した。

「よし、皆そろったな。こんな時間に訪ねてきて申し訳ない。実は、皆に話があってきたんだ。五日後に、クレメント家で遠征の帰還パーティーが行われる。そのパーティーに、リオンの叔母と、その娘が出席することになっているんだが、二人…いや、おそらくその叔母が、リリーのぬいぐるみに宝石を仕込んだのではないかと、我々は踏んでいるんだ。当日は何があるかわからない。だから、四人は部屋で待機してほしい」

「分かりました。そういう事情なら、当日は大人しくしています。ところでリオンさん、そのパーティーに来る娘さんというのは、縁談を持ち掛けられている従妹のことですか?」

「ああ、そうだ」

「そうなのか?」

「ああ」

エマの問いに答えるリオンと、縁談の話を知らなかったキースのやり取りを見ながら、二人に鋭い眼差しを向けるエマ。

「もしかして、今日騎士団の練習場で、リオンさんが女性に囲まれていたのは、何か理由があるんですか?」
「そうだ。リオンには、従妹にハニートラップを仕掛けるために、練習をしてもらっていたんだ。聞くところによると、その従妹はリオンに惚れていて、かなり押しが強い人物だそうだ。」

「練習…そういうことですか……それで、リオンさんもされるがままに、抵抗しなかったんですね」

「エマ…あまり、リオンを虐めないでくれるか。今日だって、無理やり連れていったんだ。いい加減、女性の扱いに慣れてもらわないと困るんだ」

「虐めてなんていないわ。ただ……良い感じだったのに、振り出しに戻ったから残念に思っただけよ。今が、二人にとって大事な時なのに……」

リオンは眉間に皺を寄せて俯き加減だ。

「君も幼いが、後継者教育を受けてるだろうから分かるよな。色恋も大事だが、後継者になる者にとって、大事な時機がある。今はクレメント家にとっても、国にとってもその時なんだ」

キースは、ルイーズの身内に助けを求めたようだ。

「僕は、幼いという年齢ではありません。それに、教育は受けていますから、跡継ぎにとって大事なことはもちろん学んでいます。

僕は……10歳なので、色恋には疎いかもしれません。でも、僕にとって家族はとても大切です。姉や妹を傷つける人は、絶対に許しません。父も同じ考えだと思います」

「リアムの言う通りだ………俺は、色仕掛けはやらない」

「お前、それが一番確実な方法なんだぞ。相手が結婚を狙っているならなおさらだ。お前が誘惑すれば、簡単に口を割るかもしれない」

「公爵令息様は、リオンさんが色仕掛けをできると思っているんですか?僕は無理だと思います。それから、リオンさんもできないのなら『やらない』ではなく、違う案を出してください」
それまで黙って三人の会話を聞いていたクロードが、リアムに微笑んだ。
「その通りです。リアム、その考えも御父上から?」

「はい、〈やらない・できない〉は認めてもらえません。課題を提出したときも、今までのやり方に固執するな、違うものを出すようにと言われます」

「そうですか……では、因みにリアムだったら、どんな案を出しますか?」

「良いのよ、リアム君。遠慮せずに言ってやりなさい」

黙って考えていたリアムは、エマの顔を覗き見た。それに気づいたエマは、リアムが遠慮してるとでも思ったのか、後押しするような言葉を吐いた。そんなエマに頷き返すリアム。

「僕は、今回エマさんと一緒に行動して驚きました。エマさんの情報を集める能力の高さは、すごいと思います。常に疑問を持って、仮説を立てて、自ら動いて答えを見つける。それに、エマさんと話していると、ついつい本音を話してしまうんです。
その従妹さんが押の強い人なら、対抗できるのは、エマさんだけだと思います。だから、僕はリオンさんの色仕掛けではなく、エマさんの情報収集に賭けた方が良いと思います」

リアムの話を黙って聞いていたキースが、エマを見る。

「エマ、行けるか?」

「えっ? 行けるかって……ハァ~ もう、何でもやるわよ。リアム君にそこまで言われたらやるしかないわよ」

「エマ嬢、よろしく頼む」

リオンにも頭を下げられ、エマは承諾したようだ。

それからは全員で、パーティー当日の計画を話し合い、ルイーズとエリーそしてリアムの三人は、レアとリリーと共にこの部屋で待機することになったようだ。
「では、そういうことで……。当日は何が起こるかわからない。三人は絶対に部屋からは出ないように」

リオンに念押しされ、頷く三人。

話し合いも終わり、キースやクロードが部屋から退出しようとする中、リオンはその場を動けずにいるようだ。

「ルイーズ、少し良いだろうか?」
「はい、何でしょうか」

ルイーズの淡々とした話し方に戸惑うリオン。

「すまなかった」
「何について…でしょうか……?」

「…………」

黙り込むリオンに戸惑うルイーズだが、何か伝えたい言葉があったようだ。

「リオンさん、先日は看病をしていただいて、ありがとうございました」

「いや、良いんだ。自分がしたくてしたのだから。それに、回復して良かった」

「感謝しています。それと……私は、リオンさんから呼び捨てで呼ばれる関係ではないと思います。できれば、エマさんやエリーに対する呼び方と、同じにしていただきたいです」

「いや……だったのだろうか。すまない、気をつける」

「はい、お願いします」

それからしばらくしても話し出さないリオンに、ルイーズはお辞儀をしてテーブルの上を片付け始めた。

その一部始終を近くで見ていたエマとキースは……

「リオンさんって、あそこまで不器用だったかしら……」

「いや、舞踏会やお茶会では笑わないが、それなりに接していると思う。言い寄られれば、上手く躱しているしな。まさか、本命を前にすると、あそこまで酷くなるなんて思わなかった。なあ、ルイーズ嬢は怒っているのか?」

「うーーーん。わからないわ。ねえ、エリー。ルーちゃんは怒ってる??」

「怒っていないわ。でも、あんな感じのルイーズは初めて見るかもしれない……」


三人と一緒にいたリアムは、皆の会話を聞きながらリオンを見ていたが、すっと立ち上がるとリオンの側に歩み寄った。

「姉上は……料理も好きですが、花が大好きです」

「リアム……ありがとう」

弱々しく笑うリオンと、背中をポンポンと叩くリアム。
ルイーズのお世話係をした二人には、やはり絆が結ばれていたようだ。
翌日の早朝、ブラン姉弟がいる客室に、リオンが訪ねてきた。

「リアム、おはよう。朝早くからすまないな。ルイーズ…嬢はいるだろうか?」
「おはようございます。リオンさん、まだ7時前ですよ……もう、早すぎます。今、呼んできますから、待っていてください」
「ありがとう」
「あ、そうだ……今日は二人きりなんですから、ちゃんと話してくださいね」
「ああ、分かってる」

リアムは奥の部屋にいるルイーズを呼びにいった。

「リアム、誰かきたの?」
「リオンさんです。姉上を誘いにきました」
「……でも、朝はリアムと庭園をお散歩する約束だし、お断りしてくるわ」
「騙してごめんなさい。昨夜、リオンさんから姉上を誘いに来る話は聞いていました……姉上もリオンさんのこと、気になっているんですよね?」
「…………」
「僕は、先に朝食を食べて待っています。だから、リオンさんに付き合ってあげてください」
「……うん」

リアムに背中を押され、ルイーズは戸惑いながらもリオンと出かけることにしたようだ。笑顔のリアムに見送られて、二人が屋敷から外へ出ると、クロードが馬の手綱を引いて二人を待っていた。既に、馬には鞍も取り付けられて、準備万端なようだ。

「……馬に乗るのですか?」
「出かける前に伝えられず、すまなかった。乗るのは怖いか? 馬車が良かったら、直ぐに用意する」
「いえ、楽しみです」

リオンは、ルイーズの返答を聞いて、安堵したようだ。ルイーズを軽々と馬に乗せ、自分もその後ろに跨ると、クロードに目配せをしてからゆっくりと馬を歩かせた。
辺境に来てからの数日間は、色々なことがあり過ぎた。本来の目的である乗馬は、既に諦めていたようだ。それが、ここに来て急に願いが叶ったルイーズは、とても浮かれているようだ。揺れる身体も気にすることなく、遠くの景色を楽しんでいる。馬上から見る眺めが新鮮なのだろう。

「気分は悪くないか?」

声のする方へ振り向いたルイーズは、そこでようやくリオンに抱えられていたことを思い出したようだ。真っ赤になりながら頷くルイーズを、優しい眼差しで見つめるリオンは、本当に嬉しそうだ。

「少しだけ飛ばしても良いか?」
「……はい」

リオンの体温を背中に感じとったルイーズは、胸の鼓動を抑えられずにいるようだ。


しばらく走ったところで小道に入ると、辺り一面には白や薄紅色の花々が咲き乱れていた。それらを視界に捉えたルイーズは、得も言われぬ懐かしさを感じているようだ。

黙り込んだルイーズを心配そうに見るリオン。

「この花畑は、昔からあるのですか?」
「ああ」
「……そうですか」

小道の先にある大木の側で、馬から下りた二人。

「ここには、10年前に一緒に来たことがあるんだ」
「ごめんなさい……覚えていなくて」
「いや、良いんだ。またこうやって、一緒に来ることができた」
二人は、花畑の周りを歩きながら話をしているのだろう。ルイーズは、時々しゃがみ込むと、花の近くに生えている草を見ているようだ。

「これは……ハーブかしら?」
「それは、君の御祖父様からいただいたものかもしれないな」
「御祖父様から?」
「ああ、その草だけでなく、ここに咲いている薄紅色の花も、お土産に頂いたものなんだ」
「元々は、白いお花……だけですか?」
「ああ、君がここに来たときは、白い花畑だった」
「そうですか……、この薄紅色の花は、初めて見ました」
「ああ、俺もここで初めて目にした。花に詳しいわけではないが、花弁の形からして、異国のような雰囲気だな」

ルイーズは、優し気な薄紅色の花を見ながら、これらをお土産に渡した祖父の思いを、漠然とだが感じとっているようだ。

その後、二人は大木がある場所まで戻ると、リオンは、持ってきたブランケットをその根元近くに敷き、ルイーズを呼び寄せ一緒に腰を下ろした。

「11年前に、ブラン家の前当主である御祖父様と君が、この辺境の地に来たことは聞いたと思うんだが……」
「はい」

「その当時、俺は11歳で、君は6歳だった。母が里帰りを兼ねて、出産のために妹のレアと一緒に隣国の生家に帰省していたんだが、俺は後継者教育や剣の稽古があったから、一人屋敷で過ごしていた。そんな時、いつも辺境には一人で来ていた君の御祖父様が、君を連れてクレメントの屋敷にやって来たんだ。

昔から、剣豪と言われる君の御祖父様と、剣一筋の祖父は仲が良かったらしくて、会うとよく剣の稽古をつけてもらっていたんだ。その時も、稽古を見てもらえる喜びと、妹と同じ年頃の君がいたから嬉しかった。

ここへも、その時に来たんだ。君が帰る日の前日に、花が好きだという君に喜んでほしくて、ここへ連れてきた。君はずっと楽しそうに笑っていて、本当に可愛かった……だから、俺は離れるのが寂しくて、ずっと一緒にいたくて『結婚しよう』って言ったんだ」