ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~

「皆、宝石の詳細については聞いていると思うが、それ以外にもおかしいと感じるものがあれば、それには触れずにすぐに知らせてほしい。じゃあ、早速開始してくれ」

リオンの言葉を合図に、皆が一斉に宝石を探し始めた。その様子を確認すると、リオンはクロードに視線を送り廊下に出た。

他の皆が机や本棚を探す中、ルイーズはどうしてもリリーの周辺が気になるようだ。眠っているリリーの隣には、少しだけ色褪せた白いくまのぬいぐるみが横になっている。ルイーズは、そのぬいぐるみを手にすると、怪しいものがないか隅々まで確認しているようだ。


廊下に出たリオンとクロードは、小声で何かを話しているようだ。

「ナタリーとは話せたか?」
「ああ、しかし…階段から転落した時の状況は何も覚えていなかった。だが、本人が言うには、この数か月の間ずっと体調が芳しくなかったようだ。体に痛みがあるわけでもなく、怠さと眩暈に悩まされていたそうだ」
「そうか…一番近くで世話をしていたナタリーが、影響を受けてしまったということか」
「今はその可能性が高いだろう。それから、侍女に関してだが、見慣れない顔が三人増えている。ロバートにも確認したが、記憶が曖昧だ。」
「父上が遠征に出たのが一月前だ。このおかしな状況はそれ以前からなのか、それとも」


「姉上!」「ルーちゃん!」

その時、部屋の中からリアムとレアの叫び声が聞こえてきた。
二人の叫び声を聞いたリオンは、急いで部屋の中に駆け込んだ。
視界にレアとリアムを捉えると、その近くには床に倒れているルイーズがいた。
驚いたリオンは、すぐさま駆け寄りルイーズを抱きしめた。

「何があった⁉」

リオンがレアとリアムに問うも、床に膝を突き、困惑した表情の二人は首を横に振るだけで、理由が分からないようだ。

「リオン、床にぬいぐるみが落ちてる。多分、それが原因じゃないのか。とにかく今は、ルイーズ嬢を横にしてやったほうが良い。俺は、急ぎ医者を連れてくる」

ブライスはリオンに言葉を投げると、急いで部屋を出て行った。

リオンはルイーズを抱きしめたまま、レアとリアムにぬいぐるみには触れないように伝えると、急ぎ足で自分の部屋に向かった。


その頃、エマとエリーは自分たちにも手伝えることはないかと、リリーの部屋に向かって廊下を歩いていた。そんな二人の目の前を、急いだ様子のリオンが通り過ぎた。二人は、リオンに抱えられたルイーズを見て、驚き声を掛けるも、リオンには聞こえていないようだ。二人は、返事をしないリオンに不安になると、リリーの部屋へと急ぎ向かったようだ。

二人がリリーの部屋に到着すると、開かれたままのドアからは、リリーの背中を擦るレアと、大きな布を何かに被せているクロードとリアムの姿があった。

「レアさん、リオンくん、何があったの? 今、リオンさんがルイーズを抱えて急いでどこかに向かって行ったわ。ねえ、ルイーズに何があったの!」

「エリー落ち着きなさい! 心配なのはわかるけど、この状況を見なさい」

「あ……、ごめんなさい」

「エマさん、エリーさん。姉上が倒れました。おそらく、ここにあるぬいぐるみが関係してると思います。リオンさんは、…誰も触れないようにと言って、姉を部屋に連れて行きました。それから……ブライスさんが…お医者様を連れてきてくれるって……」

気丈に振る舞っていたリアムだが、姉を心配するあまり不安になったのだろう。そんなリアムをエリーが抱きしめた。

「リアムくん、ごめん。よく頑張ったね。後でルイーズのところに行こうね」

俯きながら、何度も頷くリアム。二人とも、泣きそうな顔をしている。そんな二人を見ていたエマが振り返ると、レアとリリーを見つめた。
「リリーちゃんは大丈夫だったの?」
「ああ、ルーちゃんが床に倒れたときの音で驚いたようだが、また眠り始めた」
「そう……レアはそのままリリーちゃんの側にいてあげて。私はルーちゃんの様子を見てくるわ」
「頼む」


クロードは、布を巻き付けたくまのぬいぐるみを抱えながら、部屋を出て行った。その様子を見ていたエマは、エリーとリアムを部屋に戻らせると、ルイーズの元に向かったようだ。

エマがリオンの部屋の前に辿り着くと、ドアの前ではシリルが部屋の中のリオンに向けて話し掛けていた。

「シリルさん、何かあったんですか?」
「リオンが、ドアを開けないんだ……」
「えっ⁇ 何をやってるんですか! 未婚の男女ですよ。具合が悪くても、二人きりになんてしないでください」
「そうなんだけど……、まあ、リオンは大丈夫だよ。無体な真似はしないと思う……」
「当たり前です。ルーちゃんに何かしたら許しませんよ」

「どうしたんだ?」

二人のところに、医者を連れたブライスとクロードが来たようだ。

「あー、リオンがドアを開けないんだ」
「はっ⁉ あいつは何をやってるんだ。……ていうか、何がしたいんだ」
「そう、言ってやるな。リオンは……、色々こじらせているんだ」
「……よくわからないけど、とにかくお医者様に診てもらいましょう」

「ハア~、仕方ない。やるしかないな」

突然何を思ったか、ブライスが勢いをつけて足でドアを蹴破った。周りが唖然とする中、開いたドアから部屋の中に足を踏み入れるブライス。三人も、それに続いて部屋の中に入っていく。

そこには、ベッドへ横になるルイーズと、その横でルイーズの手を握るリオンがいた。四人が話しかけるも、全く気づく様子のないリオン。

「……どうやら、俺たちの声は聞こえていなかったようだな」
「そうみたいだね……」

シリルとクロードは、尋常ではないリオンの姿に驚きを隠せないようだ。しかし、そんな二人を余所に、ブライスがベッドに近づくと、リオンの肩に手を置き力強く掴んだ。

「リオン、どうしたんだ? しっかりしろ!」
「…………」

ブライスに怒鳴られ驚いた顔のリオンは、ようやく部屋の中にいる者たちに気づいたようだ。

「話は後だ。今は医者に診てもらうのが先だ」

リオンとブライスは、クロードの言葉で我に返った。
連れてこられた高齢の医者は、ブライスを厳しい口調でたしなめている。

「爺さん、悪かったよ。急いでたんだ、帰りは丁寧に運ぶから、そう怒るな。ほら、患者が待ってるから、診てやってくれ」

医者は、ブライスに背中を押されてベッドまで連れてこられると、そこにはルイーズの側から離れないリオンがいた。

「リオン、そこをどかんか」

医者に退くように言われたリオンは、少しだけ後ろに下がった。それを見て呆れた医者は、ブライスに目配せをして、ベッドから距離を取らせた。

「この子は……、ルイーズちゃんか?……何故ここにいるんだ」

「そんなことは良いから、早く診てくれ」

医者はルイーズの状態を確認すると、リオンの方に向き直った。

「リオン、お前もわかっておるな。あの時の症状と一緒じゃ」

顔を歪ませ、苦しそうな表情のリオンは、気持ちを立て直すべく前を向いた。

「リリーの部屋で、宝石が見つかった。それを手にしてしまったようだ」

「どういうことだ、何故リリーの部屋にそんなもんがあるんじゃ」

「まだ、なにもわからない……そんなことより、ルイーズは大丈夫なのか」

「あの時は、まだ幼かった故に、記憶の一部が抜け落ちたが……二回目だ、経過を見ないとわからん。しばらくは安静じゃ。明日も来るから、起きても無理はさせるなよ」

「わかった」
しばらくの間、リオンは医者と言葉を交わすと、別れ際にリリーの健診も頼んだようだ。明日から、定期的に診察に来てもらう約束を取り付けたことで、リオンの顔から強張りが消えた。
その後、ブライスが医者を連れてリリーの部屋へ向かうと、リオンは三人から質問攻めにあった。

「リオンさん、先ほどのお医者様はお知り合いですか?」

「ああ、そうだ。クレメント家の元専属医で、皆とも顔見知りだ。息子に専属医を引き継いだ後は、市井で診療所を開放している。うちの騎士団員たちも未だに世話になっている」

「そうですか。昔からの知り合いなんですね……だから、ルーちゃんがこの土地で巻き込まれた事件のこともご存じなんですね」

エマからの問いに無言で頷くリオン。

「……自分と出かけている時に…市井で何者かに襲われたんだ」

その時、ブライスに連れられたリアムとエリーがドアの前に立っていた。

「リアムとエリー嬢が、ルイーズ嬢を心配しながら廊下で待っていたぞ。何故、誰も気づかないんだ。可哀そうだろう」

「すまなかった。部屋に入ってくれ」

リオンに呼ばれ、部屋へ足を踏み入れた二人だが、先ほどまでの話が聞こえていたのだろうか、少し気まずそうだ。

「お話中にすみません」

「大丈夫だ。二人とも心配してただろうに、配慮が足りずに申し訳なかった。それから、ルイーズの容態だが、しばらくは安静にしておく必要がある。だから……、自分がここで世話をしたいと思う」

「えっ?」「ルイーズ⁇」

リオンの敬称なしの呼び方を初めて聞く二人は驚いているようだ。
「名前だけで呼ぶくらい、姉上と仲が良かったのですか?」

「ああ、結婚の約束もした」

「えっ?」「結婚⁉」

リアムとエリーが驚きに目を見開いている側で、他の四人が疲れた表情をしている。
皆の態度がどうであれ、リオンは至って真剣だ。

「二人とも、大事なところを聞き逃しているわ……リオンさん、ルーちゃんは二人の関係性については覚えていないですよね。それなのに、目覚めたときに知り合ったばかりの男性がいたら驚きます。そういう所、きちんと考えてください」

エマから、もっともなことを言われて軽く落ち込むリオン。

「リオンさん、ルイーズとは結婚の約束をするほど仲が良かったのですよね。その時のルイーズはどんな感じでしたか?」

エリーの質問に、リオンは昔を思い出しているようだ。

「晴れ渡った空が似合うような女の子だった。一緒に花畑でも遊んだんだ……笑顔が…可愛かった……記憶を失ったと聞いたとき、あの目を曇らせることがあってはいけない、次は必ず守ると決めた。とても大事な人なんだ」

エリーとリアム以外の四人は、リオンの言葉を聞いて唖然としているが、エリーは嬉しそうだ。

「エリー、リオンさんは世話をしたいと言っていたのよ。それについては何とも思わないの?」
「でも、ルイーズを大切に思っている人がいることは、とても嬉しい……それに、本気で守ってくれる人がいることに安心したわ」

エリーの言葉を聞いて、頷くリアム。

「僕も同じ気持ちです。僕がリオンさんと、姉上のお世話をします。それなら良いですよね」

「……リアム君に言われたら否定できないわよ……」

どうやら、リアムの意見が採用されたようだ。こうしてルイーズのお世話係が決まった。
リオンとリアムがルイーズのお世話をするようになってから三日目の朝。
ルイーズがようやく目を覚ました。少しの間、重たそうな瞼を何度もゆっくりと上下に動かし、意識がはっきりするのを待っているようだ。首を軽く左に向けると、リアムがすやすやと寝息を立てて眠っている。今度は首をゆっくり右側に向けると、流れるような美しい銀色の髪が視界に入ってきた。リオンは、椅子に腰掛け、ベッドに突っ伏したまま寝てしまったようだ。

ルイーズは、戸惑った表情を見せるも、リオンの寝姿に何故か懐かしさを覚えたようだ。無意識なのだろうが、リオンに握られている手を軽く握り返している。瞼に力を入れてぎゅっと閉じるも、ルイーズの目には涙が滲んでいるようだ。

ルイーズの手の動きに気づいた様子のリオンは、ベッドから顔を上げると、涙を堪えたルイーズの顔を見て狼狽えた。

エマに言われた言葉が頭を過ぎったのか、リオンはゆっくりと手を離した。

「すまない…………気分はどうだ?……今、水を持ってくる」

動揺するリオンを見つめるルイーズ。

リオンは卓上に用意された水をコップに注ぎ入れ、それをルイーズの口元に運んだ。

「ありがとう」

ルイーズは、リオンにお礼を伝えるも、その後の言葉が続かないようだ。

「ああ……」

その時、隣で眠っていたリアムが、目を覚ましたルイーズに気がついたようだ。

「姉上? 起きたの??」

リアムはまだ眠たそうな顔つきだが、目覚めたルイーズの顔をじっと見つめている。

「なんで泣いているんですか……? どこか痛いですか? リオンさん……、姉に何をしたんですか?」
ルイーズは、リオンを疑うリアムを嗜めた。

「リアム…違うの。……今、お水を飲ませてもらっただけよ」

「……そう、ですか……リオンさん疑ってごめんなさい」

「いや、良いんだ。俺は爺さんを連れてくる。リアム、後は頼んだ」

リオンからその後を頼まれたリアムは、頷きながらも急いでベッドから降りた。小走りでクローゼットに向かい身支度を終えると、ルイーズの側に戻ってきた。

「姉上、気分はどうですか」

「ありがとう。まだ……、身体は動かしづらいけど、気分はそこまで悪くないわ」

「そうですか、良かったです。お医者さんが来るまで横になって待っててくださいね」

「リアム、ありがとう」
それからしばらくすると、医者を連れたリオンが部屋に戻ってきた。

「目が覚めたようじゃな、気分はどうだ?」
「まだ身体は怠いですが、気分は悪くありません」
「そうか、そうか。良かった、良かった。念のために、今日も横になってゆっくり過ごすんじゃ。無理をしてはいかんぞ」
「はい」
「よし、大丈夫そうじゃ。リオン、しばらくは、消化のよい食事を用意してやるんだぞ」
「わかった」

診察を終えた医者は、リリーの部屋に向かったようだ。

医者が部屋から退出した後、リオンはベッドの横にある椅子に腰かけた。
「さっきは、驚かせてすまなかった」

首を横に振るルイーズ。

「覚えていないと思うが、昔も同じように倒れたことがあったんだ。その時のことを思いだしたら、心配で……、どうしても離れられなかった」

「私が泣いたことを気にされてるのですか?」

静かに頷くリオン。

「最初は、リオンさんが隣にいることに驚きましたが……、あの時、何だか懐かしい気持ちになって……、それで泣いてしまったのです」

「そうか、嫌がって泣いたわけではないんだな……」

嫌がられたわけではないと分かり、ほっとするリオンは、ルイーズの手に手を重ねた。

「リオンさん、やはり姉を泣かせたんですね……それに、姉に触れないでください。二人とも、僕がいるのを忘れないでください」

リオンが驚いて横を見ると、怒った顔のリアムが立っていた。

「あ、リアム……すまない」
「リアム、忘れていないわよ」

いつものルイーズに戻ってることがわかると、安心したリアムはルイーズに微笑んでからリオンに向き直った。

「リオンさん、姉の食事をお願いしてきてください。お医者様も消化のよいものと言っていました。野菜を細かく切ったスープなどが良いと思います」

「……今日のお世話は代わってもらえないだろうか」

「だめです」

項垂れるリオンに、容赦のないリアム。

「二人とも、随分仲良くなったんですね」

ルイーズの言葉を聞いた二人は、目を見合わせたあと、顔をそむけた。
一緒にお世話をするうちに、気安く話せる仲になったようだ。

ルイーズも穏やかな表情で二人を見ている。



その時、ドアをノックする音が聞こえた。

「リオン、ちょっと良いか?」
どうやらクロードがやってきたようだ。

「ああ、入ってくれ」
「ブラン子爵令嬢、目覚めたばかりのところ申し訳ない」
「私のことは気にしないでください。それに、呼び方も名前で良いですよ」
「ありがとう。それではルイーズ嬢と呼ばせていただく。ルイーズ嬢、早速だが、ぬいぐるみについて一つ確認させてほしいんだが、良いだろうか」
「はい」
「ルイーズ嬢が倒れた後、ぬいぐるみに布を被せて倉庫に保管してあるんだが、ぬいぐるみから宝石だけを外して、木箱にしまいたいんだ。宝石がどこに付いていたのか教えてもらえるだろうか」

倒れた時のことを思い出しているのだろう。考え込んだ様子のルイーズ。

「無理するな。今すぐ思い出さなくても良いんだ」

リオンは、心配そうにルイーズを見ている。

「……いえ、大丈夫です。……あの時、どうしてもぬいぐるみが気になって、宝石が付いているか確認していたのですが、赤い宝石は見当たりませんでした。でも、ぬいぐるみの首元かしら……触ったときに、指先から何だか嫌なものがじわじわと這い上がってくるような感覚がありました。断定はできませんが、宝石はぬいぐるみの首に巻かれていたリボンに付いていたのかもしれません」

「リボンか……分かった。ルイーズ嬢、感謝する。それから、リオン。王都から公爵令息が来ている。すぐに執務室にきてくれ」

「キースが……? 分かった。すぐに向かう」

リオンはルイーズとリアムに向き直ると、申し訳なさそうな顔で切り出した。

「すまない、少し出てくる。今日は部屋から出ずにゆっくりしていてほしい。リアム、後は頼んだぞ」

リアムに頼んだ後も、離れがたいとばかりにその場から動かないリオン。見るに見かねたリアムが、リオンを急かした。

「大丈夫です、任せてください。リオンさんは、早く執務室に行ってください。公爵令息様が待っていますよ」

「……行ってくる」

肩を落としながら部屋を退出するリオンを、リアムとルイーズが見送った。