妹からも責められたリオンは、四人に鋭い眼差しを向けた。
「すまないな、ルーちゃん。最近の兄上は、心ここにあらずなんだ。許してやってくれ。じゃあ、早速皆を紹介する。左から、ブライスとシリルとクロードだ。皆、貴族家の二男で、貴族学院の出身だ。そして兄上と私の幼馴染なんだ。三人とも剣は強いから、何かあれば頼ってほしい。そして、こちらはブラン子爵家のルイーズ嬢だ。私の可愛い後輩だ。皆、よろしく頼む」
「よろしくね、ルーちゃん。僕はシリル。困ったことがあったら言ってね」
「ルイーズ嬢、ブライスだ。よろしく」
「ブラン子爵令嬢、クロードだ。よろしくお願いする」
「ルイーズです。こちらこそ、よろしくお願いします」
三人は、ルイーズと順々に握手を交わしていく。握手を交わしたことのないルイーズは、初めは戸惑ったがすぐに慣れたようだ。
「……お前たち…こちらは、ブラン子爵令嬢だ。呼び方は統一しろ」
「お前、何言ってんだ……。自分もルイーズ嬢って呼んでただろう」
ブライスに痛いところを突かれ、反論できないリオンは顔を横にそむけた。
「リオン、落ち着きなよ。らしくないよ。」
シリルに宥められ、息を吐くリオン。
「そういえば、何か用があったんじゃないのか」
クロードに指摘されて、一同がリオンに目線を合わせる。
「今日中に、リリーの部屋にあると思われる宝石を見つけたい。皆には、それを一緒に探してほしい。もし見つからない場合は、リリーを別室に移動させるつもりだ。移動先はレアの部屋にしたいと思うんだが、レア、良いだろうか」
「もちろんだ」
頷き合うリオンとレア。
「皆、宝石の詳細については聞いていると思うが、それ以外にもおかしいと感じるものがあれば、それには触れずにすぐに知らせてほしい。じゃあ、早速開始してくれ」
リオンの言葉を合図に、皆が一斉に宝石を探し始めた。その様子を確認すると、リオンはクロードに視線を送り廊下に出た。
他の皆が机や本棚を探す中、ルイーズはどうしてもリリーの周辺が気になるようだ。眠っているリリーの隣には、少しだけ色褪せた白いくまのぬいぐるみが横になっている。ルイーズは、そのぬいぐるみを手にすると、怪しいものがないか隅々まで確認しているようだ。
廊下に出たリオンとクロードは、小声で何かを話しているようだ。
「ナタリーとは話せたか?」
「ああ、しかし…階段から転落した時の状況は何も覚えていなかった。だが、本人が言うには、この数か月の間ずっと体調が芳しくなかったようだ。体に痛みがあるわけでもなく、怠さと眩暈に悩まされていたそうだ」
「そうか…一番近くで世話をしていたナタリーが、影響を受けてしまったということか」
「今はその可能性が高いだろう。それから、侍女に関してだが、見慣れない顔が三人増えている。ロバートにも確認したが、記憶が曖昧だ。」
「父上が遠征に出たのが一月前だ。このおかしな状況はそれ以前からなのか、それとも」
「姉上!」「ルーちゃん!」
その時、部屋の中からリアムとレアの叫び声が聞こえてきた。
二人の叫び声を聞いたリオンは、急いで部屋の中に駆け込んだ。
視界にレアとリアムを捉えると、その近くには床に倒れているルイーズがいた。
驚いたリオンは、すぐさま駆け寄りルイーズを抱きしめた。
「何があった⁉」
リオンがレアとリアムに問うも、床に膝を突き、困惑した表情の二人は首を横に振るだけで、理由が分からないようだ。
「リオン、床にぬいぐるみが落ちてる。多分、それが原因じゃないのか。とにかく今は、ルイーズ嬢を横にしてやったほうが良い。俺は、急ぎ医者を連れてくる」
ブライスはリオンに言葉を投げると、急いで部屋を出て行った。
リオンはルイーズを抱きしめたまま、レアとリアムにぬいぐるみには触れないように伝えると、急ぎ足で自分の部屋に向かった。
その頃、エマとエリーは自分たちにも手伝えることはないかと、リリーの部屋に向かって廊下を歩いていた。そんな二人の目の前を、急いだ様子のリオンが通り過ぎた。二人は、リオンに抱えられたルイーズを見て、驚き声を掛けるも、リオンには聞こえていないようだ。二人は、返事をしないリオンに不安になると、リリーの部屋へと急ぎ向かったようだ。
二人がリリーの部屋に到着すると、開かれたままのドアからは、リリーの背中を擦るレアと、大きな布を何かに被せているクロードとリアムの姿があった。
「レアさん、リオンくん、何があったの? 今、リオンさんがルイーズを抱えて急いでどこかに向かって行ったわ。ねえ、ルイーズに何があったの!」
「エリー落ち着きなさい! 心配なのはわかるけど、この状況を見なさい」
「あ……、ごめんなさい」
「エマさん、エリーさん。姉上が倒れました。おそらく、ここにあるぬいぐるみが関係してると思います。リオンさんは、…誰も触れないようにと言って、姉を部屋に連れて行きました。それから……ブライスさんが…お医者様を連れてきてくれるって……」
気丈に振る舞っていたリアムだが、姉を心配するあまり不安になったのだろう。そんなリアムをエリーが抱きしめた。
「リアムくん、ごめん。よく頑張ったね。後でルイーズのところに行こうね」
俯きながら、何度も頷くリアム。二人とも、泣きそうな顔をしている。そんな二人を見ていたエマが振り返ると、レアとリリーを見つめた。
「リリーちゃんは大丈夫だったの?」
「ああ、ルーちゃんが床に倒れたときの音で驚いたようだが、また眠り始めた」
「そう……レアはそのままリリーちゃんの側にいてあげて。私はルーちゃんの様子を見てくるわ」
「頼む」
クロードは、布を巻き付けたくまのぬいぐるみを抱えながら、部屋を出て行った。その様子を見ていたエマは、エリーとリアムを部屋に戻らせると、ルイーズの元に向かったようだ。
エマがリオンの部屋の前に辿り着くと、ドアの前ではシリルが部屋の中のリオンに向けて話し掛けていた。
「シリルさん、何かあったんですか?」
「リオンが、ドアを開けないんだ……」
「えっ⁇ 何をやってるんですか! 未婚の男女ですよ。具合が悪くても、二人きりになんてしないでください」
「そうなんだけど……、まあ、リオンは大丈夫だよ。無体な真似はしないと思う……」
「当たり前です。ルーちゃんに何かしたら許しませんよ」
「どうしたんだ?」
二人のところに、医者を連れたブライスとクロードが来たようだ。
「あー、リオンがドアを開けないんだ」
「はっ⁉ あいつは何をやってるんだ。……ていうか、何がしたいんだ」
「そう、言ってやるな。リオンは……、色々こじらせているんだ」
「……よくわからないけど、とにかくお医者様に診てもらいましょう」
「ハア~、仕方ない。やるしかないな」
突然何を思ったか、ブライスが勢いをつけて足でドアを蹴破った。周りが唖然とする中、開いたドアから部屋の中に足を踏み入れるブライス。三人も、それに続いて部屋の中に入っていく。
そこには、ベッドへ横になるルイーズと、その横でルイーズの手を握るリオンがいた。四人が話しかけるも、全く気づく様子のないリオン。
「……どうやら、俺たちの声は聞こえていなかったようだな」
「そうみたいだね……」
シリルとクロードは、尋常ではないリオンの姿に驚きを隠せないようだ。しかし、そんな二人を余所に、ブライスがベッドに近づくと、リオンの肩に手を置き力強く掴んだ。
「リオン、どうしたんだ? しっかりしろ!」
「…………」
ブライスに怒鳴られ驚いた顔のリオンは、ようやく部屋の中にいる者たちに気づいたようだ。
「話は後だ。今は医者に診てもらうのが先だ」
リオンとブライスは、クロードの言葉で我に返った。
連れてこられた高齢の医者は、ブライスを厳しい口調でたしなめている。
「爺さん、悪かったよ。急いでたんだ、帰りは丁寧に運ぶから、そう怒るな。ほら、患者が待ってるから、診てやってくれ」
医者は、ブライスに背中を押されてベッドまで連れてこられると、そこにはルイーズの側から離れないリオンがいた。
「リオン、そこをどかんか」
医者に退くように言われたリオンは、少しだけ後ろに下がった。それを見て呆れた医者は、ブライスに目配せをして、ベッドから距離を取らせた。
「この子は……、ルイーズちゃんか?……何故ここにいるんだ」
「そんなことは良いから、早く診てくれ」
医者はルイーズの状態を確認すると、リオンの方に向き直った。
「リオン、お前もわかっておるな。あの時の症状と一緒じゃ」
顔を歪ませ、苦しそうな表情のリオンは、気持ちを立て直すべく前を向いた。
「リリーの部屋で、宝石が見つかった。それを手にしてしまったようだ」
「どういうことだ、何故リリーの部屋にそんなもんがあるんじゃ」
「まだ、なにもわからない……そんなことより、ルイーズは大丈夫なのか」
「あの時は、まだ幼かった故に、記憶の一部が抜け落ちたが……二回目だ、経過を見ないとわからん。しばらくは安静じゃ。明日も来るから、起きても無理はさせるなよ」
「わかった」
しばらくの間、リオンは医者と言葉を交わすと、別れ際にリリーの健診も頼んだようだ。明日から、定期的に診察に来てもらう約束を取り付けたことで、リオンの顔から強張りが消えた。
その後、ブライスが医者を連れてリリーの部屋へ向かうと、リオンは三人から質問攻めにあった。
「リオンさん、先ほどのお医者様はお知り合いですか?」
「ああ、そうだ。クレメント家の元専属医で、皆とも顔見知りだ。息子に専属医を引き継いだ後は、市井で診療所を開放している。うちの騎士団員たちも未だに世話になっている」
「そうですか。昔からの知り合いなんですね……だから、ルーちゃんがこの土地で巻き込まれた事件のこともご存じなんですね」
エマからの問いに無言で頷くリオン。
「……自分と出かけている時に…市井で何者かに襲われたんだ」
その時、ブライスに連れられたリアムとエリーがドアの前に立っていた。
「リアムとエリー嬢が、ルイーズ嬢を心配しながら廊下で待っていたぞ。何故、誰も気づかないんだ。可哀そうだろう」
「すまなかった。部屋に入ってくれ」
リオンに呼ばれ、部屋へ足を踏み入れた二人だが、先ほどまでの話が聞こえていたのだろうか、少し気まずそうだ。
「お話中にすみません」
「大丈夫だ。二人とも心配してただろうに、配慮が足りずに申し訳なかった。それから、ルイーズの容態だが、しばらくは安静にしておく必要がある。だから……、自分がここで世話をしたいと思う」
「えっ?」「ルイーズ⁇」
リオンの敬称なしの呼び方を初めて聞く二人は驚いているようだ。
「名前だけで呼ぶくらい、姉上と仲が良かったのですか?」
「ああ、結婚の約束もした」
「えっ?」「結婚⁉」
リアムとエリーが驚きに目を見開いている側で、他の四人が疲れた表情をしている。
皆の態度がどうであれ、リオンは至って真剣だ。
「二人とも、大事なところを聞き逃しているわ……リオンさん、ルーちゃんは二人の関係性については覚えていないですよね。それなのに、目覚めたときに知り合ったばかりの男性がいたら驚きます。そういう所、きちんと考えてください」
エマから、もっともなことを言われて軽く落ち込むリオン。
「リオンさん、ルイーズとは結婚の約束をするほど仲が良かったのですよね。その時のルイーズはどんな感じでしたか?」
エリーの質問に、リオンは昔を思い出しているようだ。
「晴れ渡った空が似合うような女の子だった。一緒に花畑でも遊んだんだ……笑顔が…可愛かった……記憶を失ったと聞いたとき、あの目を曇らせることがあってはいけない、次は必ず守ると決めた。とても大事な人なんだ」
エリーとリアム以外の四人は、リオンの言葉を聞いて唖然としているが、エリーは嬉しそうだ。
「エリー、リオンさんは世話をしたいと言っていたのよ。それについては何とも思わないの?」
「でも、ルイーズを大切に思っている人がいることは、とても嬉しい……それに、本気で守ってくれる人がいることに安心したわ」
エリーの言葉を聞いて、頷くリアム。
「僕も同じ気持ちです。僕がリオンさんと、姉上のお世話をします。それなら良いですよね」
「……リアム君に言われたら否定できないわよ……」
どうやら、リアムの意見が採用されたようだ。こうしてルイーズのお世話係が決まった。
リオンとリアムがルイーズのお世話をするようになってから三日目の朝。
ルイーズがようやく目を覚ました。少しの間、重たそうな瞼を何度もゆっくりと上下に動かし、意識がはっきりするのを待っているようだ。首を軽く左に向けると、リアムがすやすやと寝息を立てて眠っている。今度は首をゆっくり右側に向けると、流れるような美しい銀色の髪が視界に入ってきた。リオンは、椅子に腰掛け、ベッドに突っ伏したまま寝てしまったようだ。
ルイーズは、戸惑った表情を見せるも、リオンの寝姿に何故か懐かしさを覚えたようだ。無意識なのだろうが、リオンに握られている手を軽く握り返している。瞼に力を入れてぎゅっと閉じるも、ルイーズの目には涙が滲んでいるようだ。
ルイーズの手の動きに気づいた様子のリオンは、ベッドから顔を上げると、涙を堪えたルイーズの顔を見て狼狽えた。
エマに言われた言葉が頭を過ぎったのか、リオンはゆっくりと手を離した。
「すまない…………気分はどうだ?……今、水を持ってくる」
動揺するリオンを見つめるルイーズ。
リオンは卓上に用意された水をコップに注ぎ入れ、それをルイーズの口元に運んだ。
「ありがとう」
ルイーズは、リオンにお礼を伝えるも、その後の言葉が続かないようだ。
「ああ……」
その時、隣で眠っていたリアムが、目を覚ましたルイーズに気がついたようだ。
「姉上? 起きたの??」
リアムはまだ眠たそうな顔つきだが、目覚めたルイーズの顔をじっと見つめている。
「なんで泣いているんですか……? どこか痛いですか? リオンさん……、姉に何をしたんですか?」
ルイーズは、リオンを疑うリアムを嗜めた。
「リアム…違うの。……今、お水を飲ませてもらっただけよ」
「……そう、ですか……リオンさん疑ってごめんなさい」
「いや、良いんだ。俺は爺さんを連れてくる。リアム、後は頼んだ」
リオンからその後を頼まれたリアムは、頷きながらも急いでベッドから降りた。小走りでクローゼットに向かい身支度を終えると、ルイーズの側に戻ってきた。
「姉上、気分はどうですか」
「ありがとう。まだ……、身体は動かしづらいけど、気分はそこまで悪くないわ」
「そうですか、良かったです。お医者さんが来るまで横になって待っててくださいね」
「リアム、ありがとう」
それからしばらくすると、医者を連れたリオンが部屋に戻ってきた。
「目が覚めたようじゃな、気分はどうだ?」
「まだ身体は怠いですが、気分は悪くありません」
「そうか、そうか。良かった、良かった。念のために、今日も横になってゆっくり過ごすんじゃ。無理をしてはいかんぞ」
「はい」
「よし、大丈夫そうじゃ。リオン、しばらくは、消化のよい食事を用意してやるんだぞ」
「わかった」
診察を終えた医者は、リリーの部屋に向かったようだ。
医者が部屋から退出した後、リオンはベッドの横にある椅子に腰かけた。
「さっきは、驚かせてすまなかった」
首を横に振るルイーズ。
「覚えていないと思うが、昔も同じように倒れたことがあったんだ。その時のことを思いだしたら、心配で……、どうしても離れられなかった」
「私が泣いたことを気にされてるのですか?」
静かに頷くリオン。
「最初は、リオンさんが隣にいることに驚きましたが……、あの時、何だか懐かしい気持ちになって……、それで泣いてしまったのです」
「そうか、嫌がって泣いたわけではないんだな……」
嫌がられたわけではないと分かり、ほっとするリオンは、ルイーズの手に手を重ねた。
「リオンさん、やはり姉を泣かせたんですね……それに、姉に触れないでください。二人とも、僕がいるのを忘れないでください」
リオンが驚いて横を見ると、怒った顔のリアムが立っていた。
「あ、リアム……すまない」
「リアム、忘れていないわよ」
いつものルイーズに戻ってることがわかると、安心したリアムはルイーズに微笑んでからリオンに向き直った。
「リオンさん、姉の食事をお願いしてきてください。お医者様も消化のよいものと言っていました。野菜を細かく切ったスープなどが良いと思います」
「……今日のお世話は代わってもらえないだろうか」
「だめです」
項垂れるリオンに、容赦のないリアム。
「二人とも、随分仲良くなったんですね」
ルイーズの言葉を聞いた二人は、目を見合わせたあと、顔をそむけた。
一緒にお世話をするうちに、気安く話せる仲になったようだ。
ルイーズも穏やかな表情で二人を見ている。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「リオン、ちょっと良いか?」