そんな会話のやり取りを近くで見ていたレアも安堵したようだ。
「ありがとう。それと、〈リリーの体内に沈む澱〉について教えてほしい。」
「私の考えですが、澱は妹さんの悲しみや否定的な感情が、宝石に反応してできたものかと思います」
「悲しみや否定的な感情……」
リオンとレアは、動揺しているようだ。その時、レアの隣にいるエマが疑問を投げかけた。
「ルーちゃん、良いかしら? 私は、50年前の宝石は〈曰く付き〉だと思っていたの。遠方の国では、年代物の宝石には『持ち主の思念がこもっている』と言われているわ。でも思念だけで、あんなにも大問題が起きるものなのか疑問だったの。ルーちゃんの浄化の力はその思念に反応したのかしら?」
「ある意味、思念ともいえますが……これは呪術だと思います。
でも、私は妹さんに触れた時点で、まだそこまでのことは判りませんでした。
手紙を読んで、あの澱は呪術の影響だと気づいたのです」
「そうなのね。御祖父様と御父様はご存じだったのね」
「祖父はあの問題が起きてから、ずっと宝石について調べていたそうです。その宝石を調べる流れで、この地を訪れた際に私が記憶をなくすという事件が起きました。そこで、祖父はそのことを調べるために、曾祖母の出身国である東の国へ行きました。その時に、呪術を使って宝石に呪いをかけた者がいたことを知ったそうです。
その術を依頼したのは、隣国の者で間違いないだろうと手紙には書いてありました」
「………隣国」
隣国と聞いて、一瞬だが顔を歪めるリオン。そんな兄の変化を見逃さないレア。
「兄上、何かあるのか?」
「いや、今は関係のない話だ」
「兄上、隠し事はやめてくれ」
「…………」
リオンは、苦い顔をしながらも、レアに問い詰められ沈黙を破った。
「……叔母上から、キャサリンとの縁談を持ちかけられているんだ」
「なんだって⁉」
レアの声が部屋中に響き渡ると、皆の視線が二人に集中した。
「皆、すまない……レア、その話は後だ」
「…………」
黙り込み、テーブルを叩くレアを隣の席で宥めるエマは、普段とは違う荒々しい姿に戸惑っているようだ。
「レア、今は落ち着きましょう。先ずは、リリーちゃんのことを解決しないと」
「……ああ、そうだな……」
レアを心配そうに見つめていたルイーズは、レアが落ち着くと話し始めた。
「手紙には、術の依頼をした者の詳細には触れられてはいませんでした。その代わり、見かけたら気をつけるようにとの一文と共に、宝石についての詳しい記述がありました。術を施した者が残した当時の記録では、二つから三つほどの宝飾品が作れる大きさの原石で、研磨する前の大まかに整えられた状態だったそうです。研磨後は、きっと夕焼けを思い起こさせるような赤色をしているのではないか、と書かれていたそうです。それから……、安全に留意するように、宝石を見つけた場合は、その場で浄化をかけずにこの木箱にしまうようにと、リアムが父から預かっていました」
「ルーちゃんの御祖父様と御父様……、すごいわね。宝石について、どうやって調べたのかしら?」
「曾祖母の生家が、神職を代々継承している家系なのです。祖父は、生家の代表者の役割についている従兄弟を頼りに、情報を集めて調べたそうです」
「東の国……神職、聞いたことがあるわ。こちらでいうところの聖職者のことよね」
「はい、そうです。この木箱も、その従兄弟から譲り受けたものだそうです」
「そう……それだけ扱いには気をつけないといけない、という事よね」
ルイーズは、興味が尽きない様子のエマに頷き返した。
エマがルイーズから木箱を受け取り、皆と見ている間にエリーがルイーズに歩み寄った。
「ルイーズ。朝から大変だったわね、お疲れさま。私も何かできる事があれば手伝うわ」
「エリー、ありがとう。それなら、妹さんのお世話を手伝ってくれるかしら?」
「もちろんよ!」
緊張に包まれていたルイーズの心も、エリーとの会話で気持ちが穏やかになったようだ。
目を合わせて微笑む二人を見ながら、リアムがルイーズを呼ぶ声が聞こえた。
「姉上」
「リアム、どうしたの?」
「妹さんの部屋を確認するお話はされなくてよろしいのですか?」
「……そうだったわ。リアム、ありがとう」
「いえ、良いのです。先ずは、話しを先に進めましょう」
ルイーズはリアムに頷き返しながら、リオンと視線を合わせた。
「リオンさん、妹さんの部屋の中を確認させていただいても良いですか?」
「もちろんだが……、何かあったら大変だ。自分もついて行こう」
「……よろしくお願いします」
リオンは、自身の後ろに控える側近に何やら伝えると、ルイーズとリアムを伴い、リリーの部屋に向かった。
部屋に着いた三人は、ベッドの側に歩み寄ると、リリーの顔を覗き込んだ。朝よりもだいぶ落ち着いた様子のリリーを確認すると、皆の表情が安堵感に包まれた。
リリーが目を覚まさないように、足音を立てずに部屋の中を歩く三人。
「リオンさん、クローゼットの中も見ても良いですか」
「ああ、全て見てもらって構わない」
リオンとリアムは、クローゼットの中にあるものを、一つ一つ見ているようだ。そんな二人とは別行動のルイーズは、しきりにベッドの周りを見回している。
(赤い色は目立つから、すぐに見つけられると思ったのに……)
「リオンさん、少しよろしいですか?」
「どうした? 何かあったのか?」
ルイーズに、優しい口調で問いかけるリオン。
「いえ、何もないから少し焦ってしまって……宝石を見つけたら、すぐにでも妹さんから離れた場所に封印したいと思っていました。もし、今日見つからない場合は、妹さんに別の部屋へ移ってもらいたいのです」
「そうだな、そうしよう」
リオンは、側近の三人を部屋に呼んだ。どうやらルイーズに紹介をするつもりらしい。
「このまま紹介されないのかと思ったぞ」
「本当だよね。僕はわざとそうしているのかと思ったよ」
「他の方々への挨拶は、既に済ませてある。もちろんリアムにもな」
三人に責められるリオンが口を開こうとしたその時、レアが部屋に入ってきた。
「兄上、三人に聞いたぞ。ルーちゃんをまだ紹介していないらしいな」
妹からも責められたリオンは、四人に鋭い眼差しを向けた。
「すまないな、ルーちゃん。最近の兄上は、心ここにあらずなんだ。許してやってくれ。じゃあ、早速皆を紹介する。左から、ブライスとシリルとクロードだ。皆、貴族家の二男で、貴族学院の出身だ。そして兄上と私の幼馴染なんだ。三人とも剣は強いから、何かあれば頼ってほしい。そして、こちらはブラン子爵家のルイーズ嬢だ。私の可愛い後輩だ。皆、よろしく頼む」
「よろしくね、ルーちゃん。僕はシリル。困ったことがあったら言ってね」
「ルイーズ嬢、ブライスだ。よろしく」
「ブラン子爵令嬢、クロードだ。よろしくお願いする」
「ルイーズです。こちらこそ、よろしくお願いします」
三人は、ルイーズと順々に握手を交わしていく。握手を交わしたことのないルイーズは、初めは戸惑ったがすぐに慣れたようだ。
「……お前たち…こちらは、ブラン子爵令嬢だ。呼び方は統一しろ」
「お前、何言ってんだ……。自分もルイーズ嬢って呼んでただろう」
ブライスに痛いところを突かれ、反論できないリオンは顔を横にそむけた。
「リオン、落ち着きなよ。らしくないよ。」
シリルに宥められ、息を吐くリオン。
「そういえば、何か用があったんじゃないのか」
クロードに指摘されて、一同がリオンに目線を合わせる。
「今日中に、リリーの部屋にあると思われる宝石を見つけたい。皆には、それを一緒に探してほしい。もし見つからない場合は、リリーを別室に移動させるつもりだ。移動先はレアの部屋にしたいと思うんだが、レア、良いだろうか」
「もちろんだ」
頷き合うリオンとレア。
「皆、宝石の詳細については聞いていると思うが、それ以外にもおかしいと感じるものがあれば、それには触れずにすぐに知らせてほしい。じゃあ、早速開始してくれ」
リオンの言葉を合図に、皆が一斉に宝石を探し始めた。その様子を確認すると、リオンはクロードに視線を送り廊下に出た。
他の皆が机や本棚を探す中、ルイーズはどうしてもリリーの周辺が気になるようだ。眠っているリリーの隣には、少しだけ色褪せた白いくまのぬいぐるみが横になっている。ルイーズは、そのぬいぐるみを手にすると、怪しいものがないか隅々まで確認しているようだ。
廊下に出たリオンとクロードは、小声で何かを話しているようだ。
「ナタリーとは話せたか?」
「ああ、しかし…階段から転落した時の状況は何も覚えていなかった。だが、本人が言うには、この数か月の間ずっと体調が芳しくなかったようだ。体に痛みがあるわけでもなく、怠さと眩暈に悩まされていたそうだ」
「そうか…一番近くで世話をしていたナタリーが、影響を受けてしまったということか」
「今はその可能性が高いだろう。それから、侍女に関してだが、見慣れない顔が三人増えている。ロバートにも確認したが、記憶が曖昧だ。」
「父上が遠征に出たのが一月前だ。このおかしな状況はそれ以前からなのか、それとも」
「姉上!」「ルーちゃん!」
その時、部屋の中からリアムとレアの叫び声が聞こえてきた。
二人の叫び声を聞いたリオンは、急いで部屋の中に駆け込んだ。
視界にレアとリアムを捉えると、その近くには床に倒れているルイーズがいた。
驚いたリオンは、すぐさま駆け寄りルイーズを抱きしめた。
「何があった⁉」
リオンがレアとリアムに問うも、床に膝を突き、困惑した表情の二人は首を横に振るだけで、理由が分からないようだ。
「リオン、床にぬいぐるみが落ちてる。多分、それが原因じゃないのか。とにかく今は、ルイーズ嬢を横にしてやったほうが良い。俺は、急ぎ医者を連れてくる」
ブライスはリオンに言葉を投げると、急いで部屋を出て行った。
リオンはルイーズを抱きしめたまま、レアとリアムにぬいぐるみには触れないように伝えると、急ぎ足で自分の部屋に向かった。
その頃、エマとエリーは自分たちにも手伝えることはないかと、リリーの部屋に向かって廊下を歩いていた。そんな二人の目の前を、急いだ様子のリオンが通り過ぎた。二人は、リオンに抱えられたルイーズを見て、驚き声を掛けるも、リオンには聞こえていないようだ。二人は、返事をしないリオンに不安になると、リリーの部屋へと急ぎ向かったようだ。
二人がリリーの部屋に到着すると、開かれたままのドアからは、リリーの背中を擦るレアと、大きな布を何かに被せているクロードとリアムの姿があった。
「レアさん、リオンくん、何があったの? 今、リオンさんがルイーズを抱えて急いでどこかに向かって行ったわ。ねえ、ルイーズに何があったの!」
「エリー落ち着きなさい! 心配なのはわかるけど、この状況を見なさい」
「あ……、ごめんなさい」
「エマさん、エリーさん。姉上が倒れました。おそらく、ここにあるぬいぐるみが関係してると思います。リオンさんは、…誰も触れないようにと言って、姉を部屋に連れて行きました。それから……ブライスさんが…お医者様を連れてきてくれるって……」
気丈に振る舞っていたリアムだが、姉を心配するあまり不安になったのだろう。そんなリアムをエリーが抱きしめた。
「リアムくん、ごめん。よく頑張ったね。後でルイーズのところに行こうね」
俯きながら、何度も頷くリアム。二人とも、泣きそうな顔をしている。そんな二人を見ていたエマが振り返ると、レアとリリーを見つめた。
「リリーちゃんは大丈夫だったの?」
「ああ、ルーちゃんが床に倒れたときの音で驚いたようだが、また眠り始めた」
「そう……レアはそのままリリーちゃんの側にいてあげて。私はルーちゃんの様子を見てくるわ」
「頼む」
クロードは、布を巻き付けたくまのぬいぐるみを抱えながら、部屋を出て行った。その様子を見ていたエマは、エリーとリアムを部屋に戻らせると、ルイーズの元に向かったようだ。
エマがリオンの部屋の前に辿り着くと、ドアの前ではシリルが部屋の中のリオンに向けて話し掛けていた。
「シリルさん、何かあったんですか?」
「リオンが、ドアを開けないんだ……」
「えっ⁇ 何をやってるんですか! 未婚の男女ですよ。具合が悪くても、二人きりになんてしないでください」
「そうなんだけど……、まあ、リオンは大丈夫だよ。無体な真似はしないと思う……」
「当たり前です。ルーちゃんに何かしたら許しませんよ」
「どうしたんだ?」
二人のところに、医者を連れたブライスとクロードが来たようだ。
「あー、リオンがドアを開けないんだ」
「はっ⁉ あいつは何をやってるんだ。……ていうか、何がしたいんだ」
「そう、言ってやるな。リオンは……、色々こじらせているんだ」
「……よくわからないけど、とにかくお医者様に診てもらいましょう」
「ハア~、仕方ない。やるしかないな」
突然何を思ったか、ブライスが勢いをつけて足でドアを蹴破った。周りが唖然とする中、開いたドアから部屋の中に足を踏み入れるブライス。三人も、それに続いて部屋の中に入っていく。
そこには、ベッドへ横になるルイーズと、その横でルイーズの手を握るリオンがいた。四人が話しかけるも、全く気づく様子のないリオン。
「……どうやら、俺たちの声は聞こえていなかったようだな」
「そうみたいだね……」
シリルとクロードは、尋常ではないリオンの姿に驚きを隠せないようだ。しかし、そんな二人を余所に、ブライスがベッドに近づくと、リオンの肩に手を置き力強く掴んだ。
「リオン、どうしたんだ? しっかりしろ!」
「…………」
ブライスに怒鳴られ驚いた顔のリオンは、ようやく部屋の中にいる者たちに気づいたようだ。
「話は後だ。今は医者に診てもらうのが先だ」
リオンとブライスは、クロードの言葉で我に返った。
連れてこられた高齢の医者は、ブライスを厳しい口調でたしなめている。
「爺さん、悪かったよ。急いでたんだ、帰りは丁寧に運ぶから、そう怒るな。ほら、患者が待ってるから、診てやってくれ」
医者は、ブライスに背中を押されてベッドまで連れてこられると、そこにはルイーズの側から離れないリオンがいた。
「リオン、そこをどかんか」
医者に退くように言われたリオンは、少しだけ後ろに下がった。それを見て呆れた医者は、ブライスに目配せをして、ベッドから距離を取らせた。
「この子は……、ルイーズちゃんか?……何故ここにいるんだ」
「そんなことは良いから、早く診てくれ」
医者はルイーズの状態を確認すると、リオンの方に向き直った。
「リオン、お前もわかっておるな。あの時の症状と一緒じゃ」
顔を歪ませ、苦しそうな表情のリオンは、気持ちを立て直すべく前を向いた。
「リリーの部屋で、宝石が見つかった。それを手にしてしまったようだ」
「どういうことだ、何故リリーの部屋にそんなもんがあるんじゃ」
「まだ、なにもわからない……そんなことより、ルイーズは大丈夫なのか」
「あの時は、まだ幼かった故に、記憶の一部が抜け落ちたが……二回目だ、経過を見ないとわからん。しばらくは安静じゃ。明日も来るから、起きても無理はさせるなよ」
「わかった」