ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~

「もし、いらないと言われたら、持って帰ってくれば良いわよね」

二人の所にも持っていくつもりのようだ。料理が出来上がると、ルイーズはエマのいる部屋に急いで食事を運んだ。

「美味しそう。ルーちゃんいただくわ」
「良かった。ゆっくり食べてくださいね」

食事を始めたエマを確認すると、ルイーズはエマとエリーにレアの所にも料理を持っていくと伝えた。

「そうしてもらえると、ありがたいわ。二人も食事をしていないと思うから。部屋はそんなに離れていないから、一緒に行くわ」

「エマさんは休んでいてください。先ほどこちらの使用人の方に、妹さんのお部屋は確認しましたから」

「ルイーズ心配だから、部屋まで一緒に行くわ」
「エリーはエマさんと一緒にいて。リアムもいるからよろしくね」
「わかったわ。ルイーズありがとう」

リオンとレアの食事をカートに乗せて、急いでリリーの部屋に向かう。
先ほどメアリーに教えてもらったリリーの部屋の前にくると、ドアを静かにノックした。

「ルイーズ嬢? こんな遅くに何かあったのですか?」

部屋の中からは、リオンが出てきたようだ。目の下には、薄っすらと隈の様な跡ができている。四日間も護衛をしてきて、帰ってきてからも休んでいないのなら疲れもでるだろう。

「お食事はされましたか? まだでしたら、少しだけでも食べてください。エマさんから妹さんのことお聞きしました。明日の朝、また来ますから、お二人とも休んでください」
「ああ……、ありがとう。食事もいただくよ」

ルイーズの顔を見て、少しだけ表情が和らいだリオン。

ルイーズは、給仕をするのは遠慮して、リオンにカートを渡してからその部屋を後にした。
翌朝、廊下から使用人たちの動きだす音が聞こえると、ルイーズはベッドから起き上がり、身支度を始めた。昨夜は何とか眠りにつけたものの、リオンたち三人の様子が気がかりで、夜が明ける頃には目を覚ましていたようだ。

朝の支度も終えて、寝室の隣の部屋で荷物の整理をしていると、リアムが室内のドアから
顔を出した。

「リアムおはよう。今日は早いわね」
「よその屋敷で寝たのは初めてだから……」
「そうね。まだ早いけど、朝食は食べられる?」
「はい」
「それなら身支度を整えて、呼ばれるのを待ちましょう」

ルイーズが、侍女から受け取っていた洗面器とタオルを差し出すと、リアムは身支度を始めたようだ。ちょうど身支度を終えた頃、侍女が部屋をノックした。

「失礼いたします。朝食の準備をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「二人も直ぐにきますから、四人分の準備をお願いします。」

今朝は、エマとエリーを含めた四人で一緒に朝食を摂る約束をしていたようだ。侍女が準備を始めてしばらくの時間が経った頃、部屋にエマとエリーが訪ねてきた。四人は挨拶を交わすと、着席をして食事を始めた。

「ルーちゃん昨日はありがとう。スープを飲んでお腹を満たしたから良く眠れたわ」
「それは良かったです」
「昨夜は、リリーちゃんの部屋に行ってくれたのよね。二人とも食事は摂ったのかしら」
「私が訪ねたとき、リオンさんは疲れた表情で、何も口にされていない様子でした。でも、軽食は受け取ってくれたので、多分食べてくれたかと思います。それから、私は食事が終わったら、また部屋に伺うとリオンさんに伝えました」

「僕もいきます」「私も行くわ」

リアムとエリーが言い放つと、エマが横から待ったをかけた。

「大人数で行くのは迷惑だわ。ルーちゃんは約束してるけど、二人が行くのはどうかしら」
「僕に行かせてもらえませんか。父からも、何かあったら姉上に付いて行くようにと言われました」
「そう……わかったわ。二人とも、よろしくね」

リアムの言葉を聞いたエマは、少し考えた後で、二人に任せることにしたようだ。
ルイーズとリアムは、食事が終わるとすぐに、リリーの部屋に向かった。
部屋に着いてドアをノックすると、中からはレアが出てきた。

「ルーちゃん、リアム。おはよう、どうしたんだ?」
「レアさん、おはようございます。昨日お屋敷に着いてから、休まずに妹さんの看病をされていますよね。今日は私が変わります」
「でも、まだどんな状態か、把握していないんだ……だから」
「お二人に何かあったら、妹さんも心配されます。どうか、少しだけでもお休みになってください」
「……ありがとう、ルーちゃん。それなら、少しだけ休ませてもらうよ」

レアはリオンにも声を掛けにいったようだが、ソファーにもたれて眠っているようだ。

「ルーちゃんすまない。兄上は起きそうにないから、ここで休ませておいてくれ」
「分かりました。何かあったら声を掛けますね」
「よろしく頼む」


ルイーズとリアムの二人は、レアが部屋から出ていくと、リリーの眠るベッドの横にある椅子に腰かけた。二人は眠っているリリーを見つめている。

「顔色が良くないですね」

リアムに目を合わせ頷くと、ルイーズはケットの上に出ているリリーの手の上に、自分の手を合わせた。どのくらいの時間が経っただろうか。リリーの瞼がゆっくりと上がった。
まだ眠気があるのか、具合が悪いのだろうか。リリーは、虚ろな様子で、ルイーズの方に顔を向けた。

「だれ?」

「ルイーズと申します。部屋にはお兄様もおりますから、心配なさらないでくださいね」

囁くように話しかけるルイーズに、リリーがゆっくりと瞬きをする様子は、頷いているようにも見える。

「リアム、リオンさんに妹さんが目を覚ましたと伝えてきて」

リアムはルイーズに頷くと、リオンのいるソファーに向かったようだ。
「リオンさん、起きてください。妹さんが目を覚ましました」

深い眠りについたいたリオンは、自分の名を呼ぶリオンに焦点を合わせると、言われたことを反芻しているようだ。そして内容を理解すると、突然ソファーから立ち上がり、リリーの元へ急いで駆け寄った。

「リリー、分かるか?」
「……おにい…さま……?」
「気分はどうだ? 起き上がれるか? 何があった?」
「…………」
「リオンさん、落ち着いてください。妹さんは、今、目を覚ましたばかりです。そんな問いただしても、すぐには答えられません」

「ルイーズ……、すまない」

リオンはハッとした表情でルイーズを見て謝ると、リリーに視線を戻してから手を握った。ルイーズは、敬称なしで呼ばれたことに一瞬驚いたが、リオンを見ると、本人は呼んだことさえ気づいていないようだ。きっと、それだけリリーのことで動揺しているのだと、ルイーズは思うことにしたようだ。

「リアム、レアさんの所にいってくるからここにいてね」
「姉上、僕が行ってきます。他に何か必要なものはありますか?」
「レアさんを呼びに行った後、お水とコップ、あとは…、洗面器にぬるま湯とタオルを数枚と清潔なガーゼをもらってきてほしいの」
「わかりました。行ってきます」

ルイーズから必要なものを聞くと、リアムは急いで部屋を出て行った。ルイーズは二人の方に向き直る。リリーはまだ完全に目を覚ました訳ではないようだ。うつらうつらしたまま、リオンを見ている。

「リオンさん、妹さんに侍女か乳母はいますか?」
「ああ、乳母はいるんだが……、昨日執事に確認したら、リリーの乳母は半月前に階段から転落して、今は静養しているようだ。急ぎ、侍女を付けるように申しつけたが、まだ決まらない状況なんだ」

「そうでしたか……」
見たところ、リオンとリリーは同じ年ごろのようだ。そんなリリーが、一人で寂しい思いをしていたのかと思うと、ルイーズはやるせない気持ちになったようだ。

「リオンさん、滞在期間中は私に妹さんのお世話をさせていただけませんか」
「……しかし、君に侍女の仕事をさせるわけには……」
「私は、侍女になるためにまだ勉強中ですが、お役にたてることもあると思うんです」

返事に迷うリオンを尻目に、ルイーズはリリーの手を自分の手で包み込んだ。自分よりも少し小さな手は、カサついていてひんやりとしていた。リオンやレアとは違う、薄紫の髪色に、透き通るような白い肌。今は血色が悪いが、早くお世話をして元気な姿にしてあげたいとでも思っているのだろう。リリーもルイーズに手を触れられていると、少しだが穏やかな呼吸になっている。心なしか、先ほどより瞬きの回数も増えているようだ。
しばらくしてから、リアムがレアとメイドのメアリーを連れて部屋に戻ってきた。
レアを呼びに行く途中で、メアリーにお水や洗面器の用意をお願いしたようだ。ルイーズはそれらを受け取ると、リオンとリアムに少しの間だけ廊下で待つように頼んだようだ。二人が廊下に出たことを確認すると、ルイーズはリリーのすぐ横に膝をついた。

「少し体を拭きますから、不快に思うところがあったら、私の方を見てくださいね」

瞬きをしながら返事を返すリリー。ルイーズは、その様子を見つめると、身体を優しく拭きはじめた。そして、表情が和らいでくると、ガーゼに含ませた水をリリーに飲ませた。

「ルーちゃん、ありがとう。リリーの顔が昨日とは全然違う」

レアに微笑み頷くルイーズは、レアの後ろに控えていたメアリーに視線を合わせた。

「メアリーさん、廊下にいる二人を呼んできてもらえますか」
「かしこまりました」

リオンが廊下から部屋に入ってくると、リリーの側に駆け寄った。ルイーズは、その場から離れてドア付近にいるリアムの所に歩み寄った。

「リアム、ありがとう」
「姉上、お疲れさまです。僕もお役に立てたようで良かったです」

顔を見合わせ頷き合う二人は、近くにいるレアに声を掛けた後、リリーの部屋を後にした。廊下に出ると、リアムが小声でルイーズに何かを話している。

部屋に戻ると、リアムからソファーで待つように言われたルイーズ。少し経つと、隣の部屋から小さな封筒を持ったリアムがこちらに戻ってきた。

「姉上、父上からです。これを読んでください」

封筒を渡されると、封を開けて手紙を取り出す。手紙は厚みからして二、三枚あるだろうか。

「何故、手紙なのかしら……?」
「父上は、直前まで姉上に伝えるべきか迷っていたそうです」
「……そう」
ルイーズは、リアムに聞きたいことが沢山ありそうだが、一先ず手紙を読み始めたようだ。
父からの手紙を読み終えたルイーズは、険しい顔で俯いたまま、折り畳んだ便箋を封筒の中にしまった。それからしばらくしても、身動きできずにいるようだ。リアムは、そんな姉を黙って静かに見守っていた。

しばらくすると、ようやく気力が出てきたのか、ルイーズは静かに顔を上げた。正面のソファーに座るリアムと視線を合わせると、声にならないルイーズを慮って、リアムが先に声を発した。

「父上は、姉上には伝えることを迷っていました。しかし、滞在先が辺境のクレメント家ということで、何かあったときのためにと手紙を僕に渡してきました。もし、誰かの身に異変が起きたり、不可解な出来事が起きたら、この手紙を姉上に渡すようにと言われました」

「リアムは、この手紙の内容を知っているの?」

「はい。滞在の許可をもらった時に、教えてもらいました」

「そう……お父様は、どこまで理解しているのかしら……」

その呟きに頷きながら、リアムは話を進めた。

「妹さんの状態は、《誰かの身に異変が起きた》ことに当たると思ったので、姉上に手紙を渡したのですが……」

「ええ、リアムの考えは当たっていると思うわ。でも、その原因がどこにあるのか見当がつかないわね。それに、半月前に階段から転落したという妹さんの乳母は大丈夫かしら」

「……父上は、姉上が無理をするのではないかと心配していました。僕もそう思います。何かあったら手伝いますから、絶対一人で行動しないでくださいね」

「わかったわ。リアム、ありがとう」

その後、二人はこれからのことを話し合っているようだ。


「手紙の内容を、二人だけで留めておくのは難しいわよね」
「そうですね。やはり、四人には知らせておいた方が良いと思います。妹さんや、宝石のことも関係しているので」

「そうね」

ルイーズとリアムは話し合いが終わると、その足でシャロン姉妹とクレメント兄妹の元を訪ねた。
その日の午後、六人はリリーの部屋の隣にあるレアの部屋に集合していた。リリーの看病は、王都のタウンハウスから護衛をしてくれたリオンの部下と、メイドのメアリーにお願いしたようだ。

「皆さん、急にお呼び出ししてすみません。どうしても、知っておいてほしいことがあったので、こうしてお集りいただきました」

「ルイーズ嬢、気にせずにいつでも呼んでくれて良い」
「…………」
「…………」

リオンの後ろには、リリーの看病をしている護衛以外の二人の側近が控えていた。その者たちは、普段とは違う主の様子に言葉も出ないようだ。

「……ルーちゃん気にしないで。私とエリーはいつでも大丈夫よ」

ルイーズに声を掛けるエマと、頷くエリー。

「それで、ルーちゃんどうしたんだ?」

レアの問いかけに、ルイーズは「実は……」と言いながら事の経緯を話し始めた。

「今朝、父からの手紙をリアムから受け取ったんです。父は、誰かの身に異変が起きたり、不可解な出来事が起きたら、この手紙を私に渡すようにとリアムに伝えていたそうです。
そして、手紙の内容を確認した私とリアムは、皆さんにもお話するべきだと判断しました」

「誰かの身に異変が起きたり、不可解な出来事が起きたら……それは、リリーちゃんのことかしら?」

「はい、妹さんのことに当てはまると思います。先ずは、異変が起きた原因ともいえる50年前の宝石が、隣国かこの辺境の地にあるのではないかと、父と祖父は考えているそうです。」

「ということは、リリーの側にその宝石があるということなのか……?」

「まだ断定はできませんが、恐らくそうかと」

「……」

エマとレア以外の者たちは、考え込んでいるようだ。

「何故、妹さんの体調不良を異変だと思ったのか、そこから話してもよろしいですか?」

「ああ、教えてほしい」

ルイーズの問いに、リオンが答えた。
「手紙には、ブラン家に生まれた者がまれに持つ〈特殊な能力〉について書かれていました。その能力は、ブラン家に代々伝わってきた〈浄化の力〉と、東の国出身の曾祖母からもたらされた〈邪気払いの力〉です。

祖父母、父母の代をまたいで、カルディニア王国に嫁いできた曾祖母の〈邪気払い〉の力が、私に最も引き継がれたのではないか。
その力によって、生来ブラン家にあった〈浄化の力〉が強化された状態で私に発現したのではないかと。

もし私の周りで妙なことが起きた際は、私が持つ能力に起因しているのかもしれない、というのが祖父と父の見解として書き添えられていました。

今朝、妹さんの手に触れたとき、手の平から重い澱みを感じました。その時、私の身体は拒絶反応を起こしたのです。それは明らかに、病気などではなく……体内に沈む澱(おり)が原因だと思います」
「…………」

沈黙する一同。

室内が静まり返る中、リオンがルイーズに尋ねた。

「やはり、リリーの状態が少し落ち着いたのは、ルイーズ嬢のおかげであったのだな。もしかして、それで世話をしたいと?」

「あの時は、自分の力については何も知りませんでした。ただお傍でお世話をさせてほしい。その思いだけでした」

「……ありがとう。その厚意に甘えて、リリーのことお願いしても良いだろうか」
「はい、もちろんです」