どのくらいの時間が過ぎたのだろう。ソファーに腰掛けて、うたた寝をしていたルイーズが、目を覚ましたようだ。部屋の中を見ると、リアムがベッドで横になり、夕寝をしている。ルイーズは立ち上がり窓際に寄ると、外はすでに夕闇が迫っていた。
その時、部屋のドアをノックする音がした。部屋へ案内してくれた侍女が、ルイーズとリアムを呼びに来たようだ。そろそろ晩餐の時間だろうか。
「はい、どうぞ入ってください」
「失礼いたします。晩餐の準備が整いました」
「分かりました。少し待っていただけますか。弟を起こしてきます」
「かしこまりました」
眠っていたリアムを起こすと、ルイーズが身なりを整えてあげているようだ。
その後、侍女に案内され、晩餐の用意された部屋に向かう。部屋の前に着くと、そこは食堂ではなくゲストルームだった。部屋の中に入ると、そこには、エリーが一人で、皆が来るのを待っていたようだ。侍女に促されて席に着くルイーズとリアム。案内してくれた侍女はお辞儀をして部屋から出て行ったようだ。
「待たせてしまってごめんなさい。エリー、一人で待っていたの?」
「そうなの。部屋に案内されて、しばらくしてからレアさんが来たの。そのあと、エマちゃんはレアさんと部屋を出ていったまま戻ってこなかったわ」
「何かあったのかしら?」
ルイーズとエリーの会話を聞きながら、何やら考えている様子のリアム。
「ご家族に何かあったのでしょうか。こちらへ来る途中に、エマさんから聞きましたが、この屋敷にはリオンさんとレアさんの御父上と妹君がいらっしゃるそうです。お二人に何かあったのかもしれませんね」
リアムの告げた内容もだが、言い方を聞いた二人は驚いたような表情だ。数日間だが、旅に出てからのリアムは、言葉遣いや物言いに変化が表れてきたようだ。ルイーズとエリーは同じことを思ったのだろう。ルイーズはリアムに向き直った。
「皆さんがきたら、聞いてみましょう」
しばらくすると、三人の料理が運ばれてきた。どうやら、食事を運んだ二人の侍女が、食事の準備と給仕を行うようだ。ルイーズとエリーの二人は、運んできた塊肉を切り分ける侍女を見ると、その様子を興味深そうに見ていた。
その後、食事も終わり、デザートも食べ終えた三人は、ゲストルームを後にした。
三人は、エリーの部屋にエマがいるかを確認したが、まだ戻っていないようだ。ルイーズは、リアムが眠たそうな顔をしているのを確認すると、エリーを自分たちの部屋に誘った。
「エリー、私たちの部屋でエマさんが戻るのを一緒に待つのはどうかしら?」
「ええ、そうさせてもらおうかしら」
どうやら三人で、エマの戻りを待つことになったようだ。
* * *
紺色の帳が降りた頃、部屋を控えめにノックする音が聞こえた。ルイーズはソファーから立ち上がり、ドアに近づき扉を開けた。
「ルーちゃん、遅くにごめんなさい。置手紙を見たわ。エリーと一緒にいてくれてありがとう。」
「エマさん……どうぞ、中に入ってください」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
疲れた表情のエマを見たルイーズは、部屋の中に入るように誘ったようだ。
「エマさん、今ハーブティーを淹れますから、隣の部屋で待っていてください。エリーもそこにいますから」
「ありがとう。リアム君は?」
「リアムは、先に休ませてもらっています」
「そうよね、もうそんな時間だったわね……」
エマを心配するルイーズは、部屋に併設された小さなキッチンでハーブティーを淹れた。そのハーブティーを差し出すと、エマは一気に飲み干した。
エマが落ち着いたころ、その様子を見ていたエリーがエマに話し掛けた。
「エマちゃん、様子がおかしいわ。何かあったの?」
「……レアが部屋に訪ねてきたでしょう? あれから、私はレアに連れられてリリーちゃんの部屋に行ったの。そうしたら……、リリーちゃんがベッドで横になっていたから、病気かと、その部屋にいたリオンさんとレアに聞いたの。だけど、二人とも分からないって言うばかりで、動揺しているし、理由もわからないし……リリーちゃんの容態も気になるし……」
いつになく、歯切れの悪いエマの様子とレアの妹の状態を聞いて、言葉も出ないルイーズとエリー。ルイーズは、なんとか気持ちを立て直すとエマに尋ねた。
「妹さんの容態は、そんなにひどいのですか?もし辛そうなら、お医者様には診てもらったのですよね?」
「それが……クレメント家の侍医は、レアのお父様の遠征に同行しているそうなの……」
「そうですか……」
「エマちゃんは、少し休んだ方が良いわ。食事はしたの?」
「食べていないわ」
元気のないエマを見て、休ませようとするエリー。その近くでは、何か食べられるものがないかキッチンを物色するルイーズ。
「エリー、ここには何もないから、スープや軽食がないか調理場で聞いてくるわ」
「ルイーズありがとう」
エリーに頷くと、ルイーズは部屋を出て調理場に向かった。
部屋を出たルイーズは、調理場の位置を考えているようだ。侍女科の授業で習った内容を思い出しているのだろう。
(調理場は……普通は生活する空間から離れた場所だけど、こんなに大きなお城だと、地下や別棟にあるのかしら)
廊下を歩き、使用人を探し歩くルイーズ。他家の屋敷内を勝手に動き回るのは失礼だが、使用人に中々会うことができないのだから、仕方がないだろう。
(これだけ広いと調理場も貯蔵室も大きそうだわ)
歩いている廊下の先を見ると、別棟に続く廊下があるようだ。
(あそこまで行けば、誰かいるかもしれないわね)
廊下の曲がり角に近づいたところで、メイドと思われる女性に会うことができた。ルイーズは、少し驚いた表情の女性に声を掛けた。
「少しよろしいですか。わたくし、本日からこちらに滞在している者ですが、食事を取っていない者に食事を用意したいのです。料理場が稼働していないようなら、貯蔵室から食材をいただけますか?」
「かしこまりました。何をご入用でしょうか?よろしかったらお部屋までお持ちいたします」
「ありがとうございます。よろしければ、わたくしも連れて行っていただけますか?」
「調理場には入ることができませんが、貯蔵室にはまだ専用の係がいると思いますので、ご案内はできますが……」
「不躾なお願いをしてすみません。よろしくお願いします」
メイドに案内され、貯蔵室にきたルイーズは、自分の想像を超えた部屋の大きさと食料品の豊富さに驚いているようだ。きっと、料理好きのルイーズにとっては楽園のような場所なのだろう。感動した様子で辺りを見回すルイーズに、男性使用人が声を掛けてきた。
「失礼ですが、何か御用ですか」
「ジェームズさん、こちらの方は本日より滞在されているお客様です。食事をお摂りになっていない方のために食材を必要とされています。お客様のご要望をお聞きいただけますか」
ルイーズを案内してくれたメイドが、男性使用人に説明をしてくれたようだ。
「メアリーさん、お客様をこのような場所にお連れするのはいかがなものかと……しかし、調理場はもう稼働していないですからね。仕方がありません、今回だけですよ」
「ありがとうございます。わたくしは、ルイーズ・ブランと申します。メアリーさん、ジェームズさんとお呼びしてもよろしいですか?」
親切に対応してくれた二人に嬉しくなったルイーズは、名前で呼んで良いか確認すると、二人とも承諾してくれたようだ。そこからは、ルイーズとジェームズが食材や食器を選び、籠に詰めていく。
「そういえば、レアさんとリオンさんはお食事をされたのかしら……」
「お坊ちゃま、お嬢様のお知り合いなのですね。お二人のお料理はもちろんご用意はしたかと思いますが……今日は何やら忙しない様子で、私どももそこまでは把握していないのです」
「そうですよね。念のため食材を少し多めにいただいてもよろしいですか?」
「こちらは構いませんよ。食材が多くなりましたら、そこにあるカートに乗せて運ぶとよろしいかと」
「ありがとうございます。お借りしますね」
想定よりも多くの食材を貰うことができたルイーズは、それらをカートに乗せて部屋まで運んだ。
部屋に着いたルイーズは、早速調理に取り掛かった。ジェームズから多めにもらった玉ねぎを使って、エマにはオニオングラタンスープとサラダ、それらが食べられないときのために林檎と蒲萄のコンポートを作るようだ。作業中も何やら考えているルイーズは、途中でスープの分量を増やした。リオンとレアのことが気になるのだろう。
「もし、いらないと言われたら、持って帰ってくれば良いわよね」
二人の所にも持っていくつもりのようだ。料理が出来上がると、ルイーズはエマのいる部屋に急いで食事を運んだ。
「美味しそう。ルーちゃんいただくわ」
「良かった。ゆっくり食べてくださいね」
食事を始めたエマを確認すると、ルイーズはエマとエリーにレアの所にも料理を持っていくと伝えた。
「そうしてもらえると、ありがたいわ。二人も食事をしていないと思うから。部屋はそんなに離れていないから、一緒に行くわ」
「エマさんは休んでいてください。先ほどこちらの使用人の方に、妹さんのお部屋は確認しましたから」
「ルイーズ心配だから、部屋まで一緒に行くわ」
「エリーはエマさんと一緒にいて。リアムもいるからよろしくね」
「わかったわ。ルイーズありがとう」
リオンとレアの食事をカートに乗せて、急いでリリーの部屋に向かう。
先ほどメアリーに教えてもらったリリーの部屋の前にくると、ドアを静かにノックした。
「ルイーズ嬢? こんな遅くに何かあったのですか?」
部屋の中からは、リオンが出てきたようだ。目の下には、薄っすらと隈の様な跡ができている。四日間も護衛をしてきて、帰ってきてからも休んでいないのなら疲れもでるだろう。
「お食事はされましたか? まだでしたら、少しだけでも食べてください。エマさんから妹さんのことお聞きしました。明日の朝、また来ますから、お二人とも休んでください」
「ああ……、ありがとう。食事もいただくよ」
ルイーズの顔を見て、少しだけ表情が和らいだリオン。
ルイーズは、給仕をするのは遠慮して、リオンにカートを渡してからその部屋を後にした。
翌朝、廊下から使用人たちの動きだす音が聞こえると、ルイーズはベッドから起き上がり、身支度を始めた。昨夜は何とか眠りにつけたものの、リオンたち三人の様子が気がかりで、夜が明ける頃には目を覚ましていたようだ。
朝の支度も終えて、寝室の隣の部屋で荷物の整理をしていると、リアムが室内のドアから
顔を出した。
「リアムおはよう。今日は早いわね」
「よその屋敷で寝たのは初めてだから……」
「そうね。まだ早いけど、朝食は食べられる?」
「はい」
「それなら身支度を整えて、呼ばれるのを待ちましょう」
ルイーズが、侍女から受け取っていた洗面器とタオルを差し出すと、リアムは身支度を始めたようだ。ちょうど身支度を終えた頃、侍女が部屋をノックした。
「失礼いたします。朝食の準備をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「二人も直ぐにきますから、四人分の準備をお願いします。」
今朝は、エマとエリーを含めた四人で一緒に朝食を摂る約束をしていたようだ。侍女が準備を始めてしばらくの時間が経った頃、部屋にエマとエリーが訪ねてきた。四人は挨拶を交わすと、着席をして食事を始めた。
「ルーちゃん昨日はありがとう。スープを飲んでお腹を満たしたから良く眠れたわ」
「それは良かったです」
「昨夜は、リリーちゃんの部屋に行ってくれたのよね。二人とも食事は摂ったのかしら」
「私が訪ねたとき、リオンさんは疲れた表情で、何も口にされていない様子でした。でも、軽食は受け取ってくれたので、多分食べてくれたかと思います。それから、私は食事が終わったら、また部屋に伺うとリオンさんに伝えました」
「僕もいきます」「私も行くわ」
リアムとエリーが言い放つと、エマが横から待ったをかけた。
「大人数で行くのは迷惑だわ。ルーちゃんは約束してるけど、二人が行くのはどうかしら」
「僕に行かせてもらえませんか。父からも、何かあったら姉上に付いて行くようにと言われました」
「そう……わかったわ。二人とも、よろしくね」
リアムの言葉を聞いたエマは、少し考えた後で、二人に任せることにしたようだ。
ルイーズとリアムは、食事が終わるとすぐに、リリーの部屋に向かった。
部屋に着いてドアをノックすると、中からはレアが出てきた。
「ルーちゃん、リアム。おはよう、どうしたんだ?」
「レアさん、おはようございます。昨日お屋敷に着いてから、休まずに妹さんの看病をされていますよね。今日は私が変わります」
「でも、まだどんな状態か、把握していないんだ……だから」
「お二人に何かあったら、妹さんも心配されます。どうか、少しだけでもお休みになってください」
「……ありがとう、ルーちゃん。それなら、少しだけ休ませてもらうよ」
レアはリオンにも声を掛けにいったようだが、ソファーにもたれて眠っているようだ。
「ルーちゃんすまない。兄上は起きそうにないから、ここで休ませておいてくれ」
「分かりました。何かあったら声を掛けますね」
「よろしく頼む」
ルイーズとリアムの二人は、レアが部屋から出ていくと、リリーの眠るベッドの横にある椅子に腰かけた。二人は眠っているリリーを見つめている。
「顔色が良くないですね」
リアムに目を合わせ頷くと、ルイーズはケットの上に出ているリリーの手の上に、自分の手を合わせた。どのくらいの時間が経っただろうか。リリーの瞼がゆっくりと上がった。
まだ眠気があるのか、具合が悪いのだろうか。リリーは、虚ろな様子で、ルイーズの方に顔を向けた。
「だれ?」
「ルイーズと申します。部屋にはお兄様もおりますから、心配なさらないでくださいね」
囁くように話しかけるルイーズに、リリーがゆっくりと瞬きをする様子は、頷いているようにも見える。
「リアム、リオンさんに妹さんが目を覚ましたと伝えてきて」
リアムはルイーズに頷くと、リオンのいるソファーに向かったようだ。
「リオンさん、起きてください。妹さんが目を覚ましました」
深い眠りについたいたリオンは、自分の名を呼ぶリオンに焦点を合わせると、言われたことを反芻しているようだ。そして内容を理解すると、突然ソファーから立ち上がり、リリーの元へ急いで駆け寄った。
「リリー、分かるか?」
「……おにい…さま……?」
「気分はどうだ? 起き上がれるか? 何があった?」
「…………」
「リオンさん、落ち着いてください。妹さんは、今、目を覚ましたばかりです。そんな問いただしても、すぐには答えられません」
「ルイーズ……、すまない」
リオンはハッとした表情でルイーズを見て謝ると、リリーに視線を戻してから手を握った。ルイーズは、敬称なしで呼ばれたことに一瞬驚いたが、リオンを見ると、本人は呼んだことさえ気づいていないようだ。きっと、それだけリリーのことで動揺しているのだと、ルイーズは思うことにしたようだ。
「リアム、レアさんの所にいってくるからここにいてね」
「姉上、僕が行ってきます。他に何か必要なものはありますか?」
「レアさんを呼びに行った後、お水とコップ、あとは…、洗面器にぬるま湯とタオルを数枚と清潔なガーゼをもらってきてほしいの」
「わかりました。行ってきます」
ルイーズから必要なものを聞くと、リアムは急いで部屋を出て行った。ルイーズは二人の方に向き直る。リリーはまだ完全に目を覚ました訳ではないようだ。うつらうつらしたまま、リオンを見ている。
「リオンさん、妹さんに侍女か乳母はいますか?」
「ああ、乳母はいるんだが……、昨日執事に確認したら、リリーの乳母は半月前に階段から転落して、今は静養しているようだ。急ぎ、侍女を付けるように申しつけたが、まだ決まらない状況なんだ」
「そうでしたか……」