「絶対売らないわ」
「莉子は昔から頑固だからな。まあ、良く考えろよ。自分の考えが古いんだってこと、そのうち実感するんじゃないか?」

まるで私が異端児かのように蔑んでくる雄一は、自分が正しいのだとばかりに鼻で笑った。

確かにソレイユは住宅街の一等地に店を構え、面積もそこそこ、売ればすぐに買い手がつくであろう物件だ。最近この辺りは開発が進み、土地の値段も上がっていると聞く。

だからもし売れたら、そのお金で新しいカフェを建てることくらい造作もないのだろう。だからって、簡単にソレイユを売るなんて言う雄一に心底腹が立った。

「雄一は、ソレイユが大事じゃないの?」
「大事だと思ってるからこそだろ。今のままじゃボロボロじゃないか」
「だったら建て替えとかでもいいじゃない。どうして売るっていう発想になるのよ」
「それも一つの案だって言ってんだよ」
「なにそれ――」

言い合いは平行線を辿る。
感情がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられて、反論したいのに上手く言葉が出てこない。

私が黙ったら雄一も黙った。
しんとした空間に、テレビから流れるバラエティ番組の笑い声が虚しく響く。お笑い芸人がどんな面白いことを言おうとも、まわりの芸能人が大口を開けて笑おうとも、少しも笑えなかった。

「なあ、するか?」

腕をぐっと掴まれて引き寄せられた。
「するか」の意味は身体の関係に他ならない。どうしてこんな時にそんなことができるのだろう。そういえば以前雄一は「女は抱いてやれば機嫌が直るからな」って馬鹿にした発言をしていた。だからそうやって私の機嫌を良くしてソレイユを売る方向に話を持っていきたいに違いない。

「ごめん、今はそんな気分じゃない」

断れば、チッと大きく舌打ちをして掴んでいた手を思い切り振り払われた。

「なんだよ、お前。はー、やらせてくれないなら風俗行くから金」
「どうしてそうなるの?」
「お前がやらせてくれないからだろ?だったら外で出してくるって言ってんだよ。だから金出せよ」
「売上が落ちてるって言ったよね?そんなお金ないよ。それに、風俗って、なによ」
「お前がやらせてくれねーからだろーが」

キレたように怒鳴り散らす雄一は、すべて私が悪いかのように悪態をつき、テーブルを蹴っ飛ばして部屋を出て行った。

それっきり、その日私たちは一言も言葉を交わさなかった。