穂高さんの勤める法律事務所は、ソレイユから程近い場所にある。
事務所の前ではすでに穂高さんが待っていてくれて、私を見るなり柔らかく微笑んだ。

「突然すみません」
「いいえ、さあどうぞ」

促されて入った事務所は、最近移転したというだけあってとても綺麗だ。柔らかい色合いで統一されている落ち着いた雰囲気の事務所。

奥の部屋に案内されると、すぐに珈琲が運ばれてきた。

「ソレイユよりは味が落ちると思いますが、どうぞ」
「ご丁寧にありがとうございます」

パタンと閉まる扉。この部屋には穂高さんと二人きり。事務所の雰囲気と穂高さんの出で立ち、それに温かな珈琲が、いくぶんか緊張を解いていく。

珈琲をひとくち、いただく。ほろ苦い、だけど体に染み渡っていくような口当たりに、ほうっとため息が出た。

「では、話を聞きましょうか」
「あ……」
「相談があるから来てくださったんですよね」

そうだ。私はこの行き場のない感情を誰かに聞いてもらいたくて、穂高さんを頼ってしまった。

穂高さんは私を急かしたりすることもなく、ただ静かな笑みを浮かべて待っていてくれる。何でも話してご覧と、両腕を広げてくれているようだ。

「えっと……、こんなことを相談するのは間違っている気がするんですけど……彼に浮気されてる気がして……」

思い切って口にしたら、穂高さんの柔らかな笑みがすっと鳴りを潜めた。やはりこんなことを人に話すものじゃなかったかもしれない。けれど穂高さんは呆れるわけでもなく、眼鏡の奥の瞳をくっと鋭くする。

「彼とは、キッチンにいる彼のことですか」
「あ……いえ、その……はい」

肯定するのが憚られて、何とも歯切れの悪い答えになってしまう。雄一と付き合っている事実が、言い表しようのない不快感を腹の底から湧き上がらせた。

「どうして浮気だと? 何か証拠でも?」
「何もないですけど……、でも最近よく出かけるし、あと……香水の匂いがしたり。それがソレイユで働くアルバイトの子と同じだったり……。あ、基本的に香水禁止しているので、注意したときに気づいたって感じなんですけど。でも確証はなくて……」

そう、確証はないんだ。だけどいろんなことが重なりすぎて疑ってしまう。モヤモヤが広がって頭の中を支配していき、真っ黒に染まりそう。