ベージュ色のピンヒールの持ち主——シェリアが、手入れのされた美しい指で金髪をかきあげた。

「ねぇ、みんな。この子、辛気臭いと思わない?」
「思う! ダサいし、暗ーい」
「あなた、何歳?」
「二十一です……」

 シェリアの質問に答えると、彼女の友人らはどっと笑った。

「やだぁ。私たちと同じ歳じゃない! 信じられない。その歳で働いているの? いかにも貧乏って感じで笑えるんですけど!」
「いくら清掃員といっても、辛気臭くてダサい子が名門大学で働くって生意気だわ」
「働かないといけないなんて惨めね。あたし、お金持ちの家に生まれて良かったぁ。この子みたいな負け犬人生なんて、死んでもイヤ」

 女子生徒らの唇は、口紅を綺麗に塗っていて艶やかで色っぽいけれど、出てくる言葉は意地が悪い。
 嵐が早く過ぎ去るよう黙っていると、シェリアがゾッとするほどの冷たい口調で言い捨てた。

「私の視界に汚いものを入れたくないわ。バケツも、辛気臭い貧乏人もね」
「……すみません」
「ふんっ」

 シェリアが鼻で笑うと、友人らもクスクスと笑った。
 わたしは唇を噛み、屈辱に耐える。モップを握りしめる指先が冷たい。
 嫌がらせを受けたことが悲しくはあるのけれど、それ以上に、彼女らが突きつけた言葉——辛気臭い、ダサい、暗い、貧乏、負け犬人生。
 それらを否定できないことが、悔しい。

 彼女らが去ってから、目尻に溜まった涙を拭う。
 廊下の奥に転がっていったバケツを取りに行く途中、男子生徒とすれ違った。

「え……?」

 転がって横倒しになっていたはずのバケツが、底を下にして置かれている。
 誰かが、倒れているバケツを起こしてくれたのだ。
 振り返り、さっきすれ違った男子生徒の背中を見つめる。
 襟足のすっきりとした銀髪。スタイルのいい長身。背筋の伸びた、堂々とした歩き方。
 男子生徒が廊下を曲がるまで見送ると、バケツを拾い、またモップ掛けの仕事に戻る。

 夢を見ることはとうの昔にやめたし、幸せになりたいだなんて願っても、現実に打ちのめされて悲しくなるだけだと分かっている。

 それでも——。

 先ほどすれ違った彼がどんな顔をしているのか、知りたいと思った。