浴槽に湯が張られ、その中に赤い入浴剤を溶かし込む。溶け切らなかった入浴剤は底の方でジャムのように固まり、揺蕩っている。

 私は浴槽にもたれかかりながら、湯の中に腕を入れてかき混ぜる。ゆらりゆらりと底の方でジャムが踊り、胞子のような湯気が水面で乱れて立ち上っていく。私はその様子に満足して、服を脱ぐ。下着姿になって、それさえも脱いでしまう。

 生まれてしまった時と同じ姿で、病弱そうな蛍光灯の明かりに照らされる。


 ――おかあさん。


 浴槽に足を浸すと温かい。まるで空気のようにぬるく、まとわりつく感触。ゆっくりと水面を乱さないように足を下ろすと、指の間に赤いジャムがたわむれる。

 底に両足をついて、ゆっくりと体を沈めていく。膝にへそに胸に肩まで湯に浸かって、鼻の下まで湯に浸かる。

 黒い髪が水面を覆うように広がって、私はその下で口を開く。出し入れされる舌に、赤い液体が舐め取られる。赤い赤い甘い甘い。全身を甘く漬けてしまって、沁みて、骨の髄まで甘い赤に染めてしまって。


 ――そうして、わたしはひとつになるの。


 傍らに丸めてあった浴槽の蓋に手を伸ばす。私はそれを解き、私の浸る浴槽に蓋をする。旋毛が蓋に押しつけられて、完全に閉じられた浴槽の中で息をする。

 わずかな隙間から蛍光灯の明かりが入り、水面が暗く揺れる。暗闇から手を上げれば、滴る水が反響して、素敵な音を奏でた。

 赤くぬるく閉ざされた暗がり。


 ――まるで、おかあさんのおなかのなかみたい。


 未だ生まれぬ生命のまどろみ。それはまだ、私と一つであった頃の記憶。それは、確かな絆があった記憶。決して誰も切り離す事の出来ない絆。


 ――ああ、なのに!



 私は生まれてしまった。



 私は湯の底のジャムを拾い上げて、舌になすりつける。

 水面下の舌はいつまでも出入りを繰り返して、犬のように甘い赤い水を飲む。止められない。


 ――だから、わたしはそうすることにしたの。


 また奪われるというのなら、私はいつまでも孕み続けよう。私の腹の中で、まどろませよう。血肉となって、消耗して、排泄されることもなく、私はいつまでも孕み続ける。いつまでも一緒。一つになるの。確かな絆を持ったまま。


 ――もう、だれもひきはなせない。


 そっとへそに手を重ね合わせる。

 私はゆっくりと体を倒し、頭のてっぺんまで湯に浸る。

 ジャムのたゆたう水底に体を横たえて、胎児のように膝を抱える。親指をしゃぶって、まどろう。

 苦しくなんてない。だって、ここはお母さんのお腹の中なんだから。


 ――たしかなきずなにまもられたわたしに、くるしいことなんてないの。


 いらない物が口から泡になって浮かび上がり、空気を求める肺が赤を吸い込む。

 満たされていく。

 私は薄赤い羊水に満たされた子宮で、母の亡骸を孕みまどろむ。