お礼の言葉と伴に、空になった大きな弁当箱が返される。
昔と変わらず心優しい夫の存在が嬉しくて、私は福福とした心地でそれを受け取った。
この気持ちに嘘ではない。自分を偽ってもいない。ただ、自分が不甲斐ないだけである。
夫が私に幸せを与えてくれたように、私も夫に幸せを与えたい。
ほんの僅かで良い。少しでも良い。一度だけでも、それでも良い。
欲を言うのなら、せめてその一度が大きな物であれば尚良い。
私は夫を愛している。夫は、私に幸せを与えてくれた。
愛しているよ――そう言ってくれた。
ずっと一緒にいよう――そう言ってくれた。
愛する人と伴に死ねたら幸せだ――そう言っていた。
私は夫に幸せを与えたい。最後に大きな幸せを与えたい。だから、今日も私は夫に問う。
美味しかった?明日は何が良い?何が好き?何が食べたい?何でも言ってちょうだい。
食べてくれるなら、何だって、幾らだって作って見せるから――そう、夫に伝えた。
「いつも、ありがとう」
君が作ってくれるなら何でも嬉しいと、笑顔で答えながら夫はコートを脱ぎ、ソファに座り、テレビをつけた。
勤勉な夫は刑事ニュースを欠かさない。
「そう言えば、会社近くの路地に野良猫が群れを作っているんだ」
その内の一匹が、死んでいたと夫は台所にいる私を見ずに言う。
「可哀相だね。昨日は寒いから、耐えられなかったのかもね」
私は空の弁当箱を水に浸しながら、そうね――と答える。
「貴方は、野良猫に優しいのね」
心優しい夫は、食べ物を粗末にできない質のようだ。
そんな優しい夫を、私はこの心の奥底から、深く深く愛している。
私は夫を愛している。私は夫に、大きな幸せを与えたい。
だから今日も、私は世界で一番幸せで居て欲しい、愛おしい夫に問う。
「明日も、頑張ってお弁当を沢山作るわね」
だから、食べてね。
貴方と彼女と二人で食べてね。