「ヴィクトリア、すまない。初夜にこんなことを言うのもどうかと思ったが、きみを抱くことは控えさせてもらう」
 目の前に立つ旦那様は顔を逸らし、低い声で静かにそう告げた。

 初夜に「白い結婚」を宣告され、どうしていいかわからないまま羽織っているガウンの前を合わせて、この雰囲気にはそぐわない透け透けのナイトドレスを隠す。

 わたしのことを大事に愛してくださるだろうと思っていた旦那様は、顔を背けたままだ。
 これまで素敵だと思っていたアイスブルーの瞳がとても冷たく寒々しい印象へと変わる。

 理由を教えて欲しいと懇願したところで、この様子だとおそらく教えてはくれないだろう。

「きみは領地で暮らしてくれ。私は王都での仕事があるから、年の大半が本宅での暮らしになる。夫婦で参加しなければならない行事のときは事前に知らせるからこちらへ来て同伴して欲しい。それ以外は侯爵夫人としての振る舞いを逸脱しなければ自由に過ごしてくれて構わない」

 なるほど、王都に愛人を囲っていらっしゃるということかしら。
 羽振りのいい高位貴族ほど、夫婦それぞれに愛人がいるのも当たり前だと聞いたことがある。

 まさか結婚早々……いや、結婚前から愛人がいたとはね。
 おそらく平民か人妻で、結婚したくてもできない事情があるのだろう。

 しかし病床の父親に早く身を固めろとせっつかれてやむを得ず、世間知らずでなんでも言うことをきく「お飾り妻」になりそうな女性を探し、結婚式を無事終えるまではちやほやしてその気にさせたってことね。

 だから結婚式での誓いのキスも唇ではなく額だったんだわ。
 なにもかも初めてのわたしを気遣ってくれているのだと思ったら、大間違いだったわね。

 どうしてわたしなの? とずっと思っていた疑問が解けて、ストンと納得できるところに収まった。

 うつむいたまま体を小刻みに震わせていると、旦那様の手が肩に触れてビクリとする。

「すまない。泣かないでくれ。酷いことを言っているという自覚はある」

 無言のまま手を振り払ってベッドに潜り込むと、頭まで布団をかぶって体を丸めた。

 拗ねた子供をあやすかのように布団の上からポンポンと撫でられたが、無視していたらやがて「おやすみ」という声と部屋の扉の開閉の音が聞こえた。

 この日わたしは広い夫婦用の寝室の大きなベッドで、ひとりぼっちの初夜を過ごしたのだった。