予定では一ケ月お世話になる予定だった。

 ところがお父さんの回復が著しく良好で、二週間で退院となったんだと。

 納涼祭から恵那家に帰って、琴子さんから聞かされた。

 ママが帰ってくるなら、わたしも家に戻らなくちゃいけない。

 せっかく両思いになって、夏休みに入って、これからもっと一緒に過ごせると思ったのにな。


「羽衣―っ、迎えに来たわよー」

 まだ朝食を食べているときに、けたたましいチャイム音が鳴り響いたと思ったら、ママが恵那家のリビングに突入してきた。

「マ、ママ! 朝早くからテンション高いよ。迷惑でしょう?」

「平気よー。琴ちゃんはママのことよくわかっているんだから。ねーっ!」

 二人でケラケラと笑っている。

 そうよね。ママの友達っていうくらいだもん。

 これくらいで驚いていたら友達なんてやってられないよね。

「羽衣。食べたら帰るわよ」

「ま、待ってよ! まだなんにも準備してないし、さすがに急すぎない⁉」

「だぁって、琴ちゃんのお家だから大丈夫って思ってはいたけど、それでも気になっていたのよ。なのに羽衣ったら全然連絡してきてくれないし」

「それは……」

 この二週間、さみしいって思う時がまったくなかった。

 恵那家のみんな温かいし……紫希くんもいたし。

「私は、羽衣ちゃんがこのまま娘になってくれても嬉しいんだけどなー。帰っちゃうなんて淋しいわ」

「いくら琴ちゃんでも駄目よ。羽衣は大切な一人娘なんですからね」

「残念ー……でも、そうね」

 うふふっとかわいらしく笑いながら、琴子さんはわたしの座っている椅子の後ろに立った。

「今じゃなくても、いつかは娘になってくれるのかしらねーっ」

「え!?」

 思わず振り返って琴子さんを見ると、ひ・み・つ♪と言わんばかりに内緒ポーズでウインクされた。

 これは……知ってるの?

 わたしは琴子さんには何も話していない。

 正面に座っている紫希くんを見ると、紫希くんは素知らぬ顔をする。

 その表情はどっちよ!

 そ、そもそも、いつかはって、それって、そういうことでしょう?

 そんなのまだ先だし、紫希くんがそう思ってくれているかもわからないのにーっ。

「あらあら、あなたたち、そんなことになっているの?」

 ママ? なにも明確に話していないのに、察しがよすぎない?

「てっきりママは真琴くんだと思っていたのに」

 ちょっ、それは多分禁句なヤツ!

 案の定、それを聞いた紫希くんから、殺気を感じる。

「ダメよぉ、真琴は。おっとりしてるし、見ての通り朝寝坊だしね」

 そうなのだ。結局マコちゃんはこの同居の二週間で、一回も朝食を一緒に食べたことがない。

 これだけリビングで騒いでいても、多分今はまだ夢の中だ。

「そう~。それで羽衣ったら、連絡してこなかったのね?」

「ごめんなさい……」

 確かに一度くらい、連絡はするべきだったかもしれない。

 薄情だって思われるかもしれないけれど、パパの様子を確認することもしなかった。

「じゃあ、ちゃんと報告してくれる?」

「え!?」

 報告って、紫希くんのこと?

 ママは両腕を組みながら、ニヤニヤとこっちを見ている。

 これは言わないと納得してくれないやつね。

 とはいえ、こんな朝のリビングでいきなり報告するのって恥ずかしいんだけど。

「……紫希くんと、おつきあいすることに、なりました」

 羞恥心でいっぱいになりながらも、絞り出すように言葉にした。

 ママは納得したのか、笑顔で頷いたかと思ったら、涙を浮かべていた。

「マ、ママ!?」

「だぁーって。こどもだと思っていたのに、いつの間にか彼氏できましたーなんてぇ」

 それで泣く親ってどうなの?

「なんてね。思わず駆けつけちゃったけど、幸せそうで安心したわ」

 駆けつけたって……。

「パパが退院したから帰ってきたんじゃないの?」

「それだけならこんな朝早くに来ないわよー」

 本当かなぁ? 直感型のママだから、来そうなものだけどね。

「紫希くんが昨日の夜、連絡をくれたの。『羽衣とつきあうことになりました』って」

 紫希くんが?

 驚いて紫希くんを振り返ると、少し照れたように髪をガシガシと掻いた。

「そりゃあ、ただでさえ離れているんだし、挨拶は大事だろう?」

 わたしの隣に立って、ママと向き合った。

 ママは挑発するように腕を組んで紫希くんを見上げている。

「羽衣とつきあうことになりました。大事にしますので、よろしくおねがいします」

 大きな身体を折り曲げて挨拶する紫希くんに、つられてわたしもお辞儀しながら、嬉しくて涙が零れそうになっていた。

「泣かせないでよー。大事な娘なんだからね」

「……努力します」

「大丈夫よ。もし泣かせたら私が、紫希くんを泣かせちゃうんだから」

 琴子さんが、任せなさいと胸を張った。

 その様子に思わず笑いながらも、紫希くんの誠実さが嬉しくて、やっぱりこらえていた涙が零れ落ちた。

「あ! さっそく泣かせた!」

 ママも琴子さんもここぞとばかりに騒ぎ始める。

 ふたりともわかってて騒いでいるんだから。

 おかしいやら嬉しいやらで、笑いが止まらない。


 あっという間の二週間だった。

 同居が決まったのも突然だったけど、終わるのも突然なんだね。

「さみしいな」

 紫希くんのTシャツを思わずひっぱってしまう。

「夏休みなんだから、いっぱいデートすればいいだろう?」

「本当?」

「宿題ちゃんと終わってからな。やらないとデートが図書館になるぞ」

「えぇーっ!」

 なんで知ってるの? わたしがいっつも夏休みの終わりに慌ててるの。

「あらあら、しっかりした彼氏で安心だわぁ」

「羽衣ちゃん、宿題ならうちでやればいいのよ。ご飯も作ってあげるから」

 親公認って、こういうときめんどくさいかも。

 しかも紫希くんまで一緒になって面白がるなんて!

「わたしは、二人っきりでデートしたいのに」

 コソッと紫希くんの耳元でそう告げれば、一瞬目を見開いたかと思えば、怪しげな瞳で見つめられた。

「おまえ、付き合ってて意味が分かったうえでそれ、言ってるの?」

 意味? だってデートだから二人っきりがいいじゃない。

「付き合ってるんだから、俺、遠慮しねーよ」

 色気を含んだ低音で耳元に囁かれ、その言葉の意味に気づき、頬が熱を持つ。

「そそそそそ、そういう意味で言ったんじゃないもんっ!」

 慌てるわたしに、紫希くんが笑い出す。

 揶揄ったんだっ。くやしーっ。

 不貞腐れて横を向いたら、指を絡めて繋がれた。

「知ってるよ。だから宿題早く終わらせて、夏休みを楽しもうぜ」

「うんっ」

 同居が終わってしまうのはさみしいけれど、これからは待ち合わせてデートとかするんだ。

 二週間前には思いもしなかった夏休みの始まり。

 紫希くんとなら、なんだってきっと楽しめちゃう。

「これから、よろしくね」

 ずっとずっと、仲良くしていけますように。

 絡めた指にきゅっと願いを込めた。