紫希くんの宣言が効いたのか、翌日からはクラスで囲まれたりするようなことはなかった。
廊下でなにやらヒソヒソ話されたりとか、視線が送られることはあるけれどね。
樹里にはこっそりと何回か聞かれたんだけど、付き合っているとは明言してない。
フリってことも、なんだか言いたくなくて、ついはぐらかしちゃう。
そしてもっと言えない同居のことは、絶対に話さないって決めてる。
言えない。同居だけは絶対に。
だって同居っていったら、それはマコちゃんも一緒ってことで、絶対に大騒ぎになるもん。
朝寝坊のマコちゃんは一緒に登校したことがない。
いつも夕食後に『明日は一緒に行くからね』って言うんだけど、起きられないみたい。
大体、わたしたちの学校のHRが終わったころに登校してくるんだよね。
今ならわかる黄色い歓声。
わたし、今までなんで気づかなかったのかしら。
樹里からは『羽衣は遠くのアイドルには興味ないって言ってたからでしょ』って言われたけど。
実際のところ、恋したいとは思っていたけど、本気で男子校の男の子を追いかけるとか、してなかったんだなぁ。
それよりも樹里やお友達と他愛もない話とか、遊ぶことが楽しくて。
自分の中で恋愛が二の次になっていたんだって、気がついた。
「紫希のせいだからね。なんとかしてよ」
帰ってくるなり、ぐったりとしたマコちゃんがリビングのソファに倒れこんだ。
リビングテーブルで優雅に珈琲を飲んでいた紫希くんは、涼しい顔をしている。
「なんのことだか」
「とぼけないで! 紫希のファンが全部ボクの方にきてるんだからね」
マコちゃんのいう通り、紫希くんを追いかけていた子の半数は、マコちゃんに推し変したらしい。
だからあれ以来、紫希くんとの登下校は随分静かなもの。
待ち伏せる子も減ったし、悲鳴が上がることはなくなった。
……なのに。
紫希くんは登下校時、変わらず手を繋いでくる。
もうそろそろお役御免でもいい気もするんだけど、つないだ手を離すのが淋しくて、わたしからは言い出せないでいる。
「笑顔でかわすのはお手のものだろう?」
「簡単に言わないでよ。だったら……」
紫希くんの向かいに座っていたわたしを、背中からマコちゃんが抱きしめてくる。
うわぁっ、バックハグだ!
「羽衣を、ボクに頂戴」
耳元で吐息がかかるように紡がれた言葉に、思わずドキドキしてしまう。
「ちゃんと付き合っているわけじゃないんだろう? だったらボクに頂戴よ」
「ちょっ、マコちゃんっ……近いっ」
普段笑顔がかわいくて、人あたりがよくて優しいマコちゃん。
幼い頃とかわらないまま、みんなが『天使』というのも納得していた。
わたしだって小さい頃そう思っていたし、再会してもやっぱりそれくらいきれいだと思う。
そんなマコちゃんの『男の子』の部分をみた気がして、ドキドキが止まらない。
「……離れろよ」
紫希くんの言葉を拒否するかのように、マコちゃんがさらに抱きしめる力を強くする。
「そんな命令する権利、紫希にないよね」
挑発するようなマコちゃんの言葉に、紫希くんの視線が鋭くなる。
「マ、マコちゃんっ。くるしい、から」
しがみつかれた腕に、ギブアップするかのように伝えると、フッと解放された。
「え? あ、ごめん!」
椅子の横でしゃがみ込んで、心配そうにわたしの顔をうかがってくる。
オロオロしているようにみえるその様は、天使というよりはワンちゃんのようでかわいい。
「ふふっ。大丈夫」
「そう? よかった」
心から安心したような笑顔を見て、思わずキュンとしてしまう。
天使の微笑み、いただいてすみませんっ。
至近距離でこの笑顔を見ているなんて学校で知られたらどうなるか、おそろしくて考えたくない。
「ね、羽衣。明日って暇?」
突然のマコちゃんからの誘いに、不思議に思いながらも素直に答えた。
「明日? 特に予定はないけど」
「じゃあ、デートしよう?」
「え!?」
デデデデ、デートって!
人生で一度もしたことがないんですけど⁉
「せっかく羽衣と再会したから、行きたい場所があるんだ」
「おい、勝手に決めるなよ」
テーブルを小突いて紫希くんが不満そうに声をあげる。
そんな紫希くんにマコちゃんは、ベェッと舌を出した。
「紫希には言ってないし、ボクはデートって言ったんだ。デートは二人でするものでしょ? それに、行くか決めるのは羽衣であって、紫希じゃない」
ちょっと、なんでこんな挑発的なの?
マコちゃんはいつも優しいのに。
「……勝手にしろ」
「あ……」
乱暴に立ち上がり、紫希くんはリビングから出て行ってしまった。
勝手にって、それってわたしがマコちゃんと二人で出かけてもいいってことなんだ。
紫希くんは気にならないってことだよね。
さっき、止めてくれるのかなって思った時、ちょっと嬉しいなんて思っちゃって恥ずかしい。
紫希くんはわたしのことなんとも思っていないってことだよね……。
落ち込んでいたらフワッと優しく髪を撫でる感触がした。
「マコちゃん……」
「ね、羽衣。明日、一緒に出掛けようよ」
淋しかった心の隙間を埋めるように、マコちゃんの優しい言葉が響いてくる。
「ボクさ、羽衣に再会できたのすごく嬉しかったんだ。だけど、気づいたら紫希と登下校するようになって淋しかった……って、ボクが朝起きれないのがいけないんだけどね」
苦笑いするマコちゃんに、思わずわたしも笑ってしまう。
琴子さんは最初、紫希くんとマコちゃんと三人で登校してねってお願いしていたらしい。
朝が弱いマコちゃんは頑張っているらしいけど、多分来週も起きられないだろうね。
それに、今となってはマコちゃんまで一緒じゃなくてよかったって思う。
あれだけ学校で注目を浴びている二人と一緒に登校なんて、それがどんな状態を招くか想像するの、怖いよ。
「下校だって紫希はいっつも抜け駆けして」
ふてくされるように呟くマコちゃんに、思わず苦笑いしてしまう。
紫希くんと最初に帰ったあの日、やっぱり本当は自習なんかじゃなかったらしくて。
帰ってきたマコちゃんにバラされて、琴子さんからやんわりと注意されていた。
というのも、琴子さんが。
『羽衣ちゃんが心配だったって理由ならしょうがないものね』
なんて言うもんだから。
それでいいの? と思いながらも、琴子さんがまったく気にしていないから、呆気に取られてしまった。
とはいえ、今後毎日それはいけないということで、琴子さんから指示されたの。
『授業はちゃんと受けてね。で、羽衣ちゃんは悪いけど紫希が終わるまで、待っててもらえるかしら?』
他ならぬ琴子さんからそう言われてしまえば、その通りにするしかない。
それ以来、紫希くんの下校時間になるまで、わたしは図書室で過ごすことにした。
下手に教室にいたら、やっぱり誰かに絡まれるかもって怖いんだもん。
その点、図書室は騒ぐわけにはいかない場所だから、今のわたしにはうってつけ。
ある程度時間をつぶして、紫希くんの下校時刻になったら、わたしも校舎を出る。
マコちゃんはふくれているけど、部活があるからしょうがないんだよね。
紫希くんはあの時間に下校するんだから、部活、してないんだろうな。
「再会してからずっと、紫希が羽衣を独り占めしてたんだもん。明日はボクに時間を頂戴?」
大きな瞳を潤ませてお願いしてくる。
ずるいよ、マコちゃん。
そんな表情されたら、イヤなんて言えるわけがないじゃない。
「わ、わかった。明日ね」
「本当? やった!」
「って、うわっ!」
テンションがあがったらしいマコちゃんに、またハグされた。
琴子さんも最初に会った時にハグしてきたし、スキンシップ多いの遺伝なのかな。
でも嬉しそうに笑うマコちゃんをみて、わたしも明日が楽しみになってきた。
「行くのか? 明日」
階段を昇ったところでいきなり声をかけられて、思わずビクッとした。
壁にもたれて腕を組んだ紫希くんが、明らかに不機嫌そうに立っていた。
「う、うん」
「真琴が、好きなのか?」
「え!?」
なんでいきなりそうなるの?
「マ、マコちゃんは幼なじみだよ! 好きとか、そんなんじゃ……」
「お前がそうでも、真琴は違うだろうよ」
「いや、マコちゃんも一緒だと思うけど」
デートなんて言ってるけど、どこか一緒に行きたいんだよね?
確かに男の子と二人で出かけるのなんてはじめてだから、ちょっとドキドキはしているけど。
それは恋愛的な意味じゃなくて、好奇心に近い。
はじめてこの家に来た時みたいに……。
「油断、するなよ」
「え?」
それだけ言って、紫希くんは部屋に入ってしまった。
油断って、なに?
あぁ、ひょっとしてマコちゃんのファンに取り囲まれないようにってことかな。
確かにそれは怖いから、もし見かけたらそっと距離とってもらおう。
廊下でなにやらヒソヒソ話されたりとか、視線が送られることはあるけれどね。
樹里にはこっそりと何回か聞かれたんだけど、付き合っているとは明言してない。
フリってことも、なんだか言いたくなくて、ついはぐらかしちゃう。
そしてもっと言えない同居のことは、絶対に話さないって決めてる。
言えない。同居だけは絶対に。
だって同居っていったら、それはマコちゃんも一緒ってことで、絶対に大騒ぎになるもん。
朝寝坊のマコちゃんは一緒に登校したことがない。
いつも夕食後に『明日は一緒に行くからね』って言うんだけど、起きられないみたい。
大体、わたしたちの学校のHRが終わったころに登校してくるんだよね。
今ならわかる黄色い歓声。
わたし、今までなんで気づかなかったのかしら。
樹里からは『羽衣は遠くのアイドルには興味ないって言ってたからでしょ』って言われたけど。
実際のところ、恋したいとは思っていたけど、本気で男子校の男の子を追いかけるとか、してなかったんだなぁ。
それよりも樹里やお友達と他愛もない話とか、遊ぶことが楽しくて。
自分の中で恋愛が二の次になっていたんだって、気がついた。
「紫希のせいだからね。なんとかしてよ」
帰ってくるなり、ぐったりとしたマコちゃんがリビングのソファに倒れこんだ。
リビングテーブルで優雅に珈琲を飲んでいた紫希くんは、涼しい顔をしている。
「なんのことだか」
「とぼけないで! 紫希のファンが全部ボクの方にきてるんだからね」
マコちゃんのいう通り、紫希くんを追いかけていた子の半数は、マコちゃんに推し変したらしい。
だからあれ以来、紫希くんとの登下校は随分静かなもの。
待ち伏せる子も減ったし、悲鳴が上がることはなくなった。
……なのに。
紫希くんは登下校時、変わらず手を繋いでくる。
もうそろそろお役御免でもいい気もするんだけど、つないだ手を離すのが淋しくて、わたしからは言い出せないでいる。
「笑顔でかわすのはお手のものだろう?」
「簡単に言わないでよ。だったら……」
紫希くんの向かいに座っていたわたしを、背中からマコちゃんが抱きしめてくる。
うわぁっ、バックハグだ!
「羽衣を、ボクに頂戴」
耳元で吐息がかかるように紡がれた言葉に、思わずドキドキしてしまう。
「ちゃんと付き合っているわけじゃないんだろう? だったらボクに頂戴よ」
「ちょっ、マコちゃんっ……近いっ」
普段笑顔がかわいくて、人あたりがよくて優しいマコちゃん。
幼い頃とかわらないまま、みんなが『天使』というのも納得していた。
わたしだって小さい頃そう思っていたし、再会してもやっぱりそれくらいきれいだと思う。
そんなマコちゃんの『男の子』の部分をみた気がして、ドキドキが止まらない。
「……離れろよ」
紫希くんの言葉を拒否するかのように、マコちゃんがさらに抱きしめる力を強くする。
「そんな命令する権利、紫希にないよね」
挑発するようなマコちゃんの言葉に、紫希くんの視線が鋭くなる。
「マ、マコちゃんっ。くるしい、から」
しがみつかれた腕に、ギブアップするかのように伝えると、フッと解放された。
「え? あ、ごめん!」
椅子の横でしゃがみ込んで、心配そうにわたしの顔をうかがってくる。
オロオロしているようにみえるその様は、天使というよりはワンちゃんのようでかわいい。
「ふふっ。大丈夫」
「そう? よかった」
心から安心したような笑顔を見て、思わずキュンとしてしまう。
天使の微笑み、いただいてすみませんっ。
至近距離でこの笑顔を見ているなんて学校で知られたらどうなるか、おそろしくて考えたくない。
「ね、羽衣。明日って暇?」
突然のマコちゃんからの誘いに、不思議に思いながらも素直に答えた。
「明日? 特に予定はないけど」
「じゃあ、デートしよう?」
「え!?」
デデデデ、デートって!
人生で一度もしたことがないんですけど⁉
「せっかく羽衣と再会したから、行きたい場所があるんだ」
「おい、勝手に決めるなよ」
テーブルを小突いて紫希くんが不満そうに声をあげる。
そんな紫希くんにマコちゃんは、ベェッと舌を出した。
「紫希には言ってないし、ボクはデートって言ったんだ。デートは二人でするものでしょ? それに、行くか決めるのは羽衣であって、紫希じゃない」
ちょっと、なんでこんな挑発的なの?
マコちゃんはいつも優しいのに。
「……勝手にしろ」
「あ……」
乱暴に立ち上がり、紫希くんはリビングから出て行ってしまった。
勝手にって、それってわたしがマコちゃんと二人で出かけてもいいってことなんだ。
紫希くんは気にならないってことだよね。
さっき、止めてくれるのかなって思った時、ちょっと嬉しいなんて思っちゃって恥ずかしい。
紫希くんはわたしのことなんとも思っていないってことだよね……。
落ち込んでいたらフワッと優しく髪を撫でる感触がした。
「マコちゃん……」
「ね、羽衣。明日、一緒に出掛けようよ」
淋しかった心の隙間を埋めるように、マコちゃんの優しい言葉が響いてくる。
「ボクさ、羽衣に再会できたのすごく嬉しかったんだ。だけど、気づいたら紫希と登下校するようになって淋しかった……って、ボクが朝起きれないのがいけないんだけどね」
苦笑いするマコちゃんに、思わずわたしも笑ってしまう。
琴子さんは最初、紫希くんとマコちゃんと三人で登校してねってお願いしていたらしい。
朝が弱いマコちゃんは頑張っているらしいけど、多分来週も起きられないだろうね。
それに、今となってはマコちゃんまで一緒じゃなくてよかったって思う。
あれだけ学校で注目を浴びている二人と一緒に登校なんて、それがどんな状態を招くか想像するの、怖いよ。
「下校だって紫希はいっつも抜け駆けして」
ふてくされるように呟くマコちゃんに、思わず苦笑いしてしまう。
紫希くんと最初に帰ったあの日、やっぱり本当は自習なんかじゃなかったらしくて。
帰ってきたマコちゃんにバラされて、琴子さんからやんわりと注意されていた。
というのも、琴子さんが。
『羽衣ちゃんが心配だったって理由ならしょうがないものね』
なんて言うもんだから。
それでいいの? と思いながらも、琴子さんがまったく気にしていないから、呆気に取られてしまった。
とはいえ、今後毎日それはいけないということで、琴子さんから指示されたの。
『授業はちゃんと受けてね。で、羽衣ちゃんは悪いけど紫希が終わるまで、待っててもらえるかしら?』
他ならぬ琴子さんからそう言われてしまえば、その通りにするしかない。
それ以来、紫希くんの下校時間になるまで、わたしは図書室で過ごすことにした。
下手に教室にいたら、やっぱり誰かに絡まれるかもって怖いんだもん。
その点、図書室は騒ぐわけにはいかない場所だから、今のわたしにはうってつけ。
ある程度時間をつぶして、紫希くんの下校時刻になったら、わたしも校舎を出る。
マコちゃんはふくれているけど、部活があるからしょうがないんだよね。
紫希くんはあの時間に下校するんだから、部活、してないんだろうな。
「再会してからずっと、紫希が羽衣を独り占めしてたんだもん。明日はボクに時間を頂戴?」
大きな瞳を潤ませてお願いしてくる。
ずるいよ、マコちゃん。
そんな表情されたら、イヤなんて言えるわけがないじゃない。
「わ、わかった。明日ね」
「本当? やった!」
「って、うわっ!」
テンションがあがったらしいマコちゃんに、またハグされた。
琴子さんも最初に会った時にハグしてきたし、スキンシップ多いの遺伝なのかな。
でも嬉しそうに笑うマコちゃんをみて、わたしも明日が楽しみになってきた。
「行くのか? 明日」
階段を昇ったところでいきなり声をかけられて、思わずビクッとした。
壁にもたれて腕を組んだ紫希くんが、明らかに不機嫌そうに立っていた。
「う、うん」
「真琴が、好きなのか?」
「え!?」
なんでいきなりそうなるの?
「マ、マコちゃんは幼なじみだよ! 好きとか、そんなんじゃ……」
「お前がそうでも、真琴は違うだろうよ」
「いや、マコちゃんも一緒だと思うけど」
デートなんて言ってるけど、どこか一緒に行きたいんだよね?
確かに男の子と二人で出かけるのなんてはじめてだから、ちょっとドキドキはしているけど。
それは恋愛的な意味じゃなくて、好奇心に近い。
はじめてこの家に来た時みたいに……。
「油断、するなよ」
「え?」
それだけ言って、紫希くんは部屋に入ってしまった。
油断って、なに?
あぁ、ひょっとしてマコちゃんのファンに取り囲まれないようにってことかな。
確かにそれは怖いから、もし見かけたらそっと距離とってもらおう。