刹那。
私が動いたのとほぼ同時。
るうが私の横を光の如く駆け抜けた。
その手には既に剣が握られていて、私は憎悪の淵から現実へ引き戻される。
ハッとして、まず目に入ったのはエリクに剣を振り上げるるうと、それを不敵に笑って受けようとするエリク。
…嵌められた。
と、気付いた時にはもう遅い。
もう後に引けないことは分かっていたが、それでも私は止めねばならない。
私は持てるスピード全てを駆使。
るうとエリクの間に入り、ギリギリでるうの剣を受けた。
「…いい。私は大丈夫。」
「退けリン、こいつだけは許さねえ。」
我を忘れたるうを一度鎮めねば。
「誰に剣を向けているか、理解ができるか?」
「ああ!?」
「本来なら死刑も安い。だが、騎士殿は裁かれることはない。」
るうは悪くない。
気付けなかった、私の落ち度だ。
「改めて。姫、あの日の返事をお聞かせいただけますか?」
エリクは初めからこのつもりだった。
私が拒否できない状況を作り出し、その上でイエスの選択肢しか与えない。
『私の申し立ての、後押しをしていただきたい。』
あの日の答えを。
イエスならエリクの思惑通り。
ノーならるうが死ぬ。
「…お引き受けいたします。」
もう、迷うことすら許さない選択肢。
エリクという男は、こういう男だ。
「良い返事でよかったです。それでは、来たるべき日はよろしくお願いしますね。」
そう言って、去り行くエリクの後ろ姿。
「ごめんね、るう。」
「……。」
未だ、怒りで拳を握り締め、エリクへ冷たい殺気を放ち続けるるうに、私は謝ることしかできない。
「ごめんね…。」
私がハルをあんな目に合わせなければ。
私がエリクの企みを見抜けていれば。
…るうが自分を責めることもなかったのに。
悔やんでいても始まらない。
私は、前を見据えて立ち向かわなければならない。
「…リン。」
「そんな顔しないで。るうは悪くないよ。」
「けど…。」
「大丈夫。なんとかするから。」
私とレンの結婚に異議を申し立てる、エリクの後押しとはなにか。
そこは分からない。
だけど、良くない事が起こるというだけは分かる。
「さて、るうもレンも一旦お部屋においで。」
そう二人に声を掛けて、二人を私の部屋へ連れて行く。
一先ず、エリクと交わした約束のことを、二人に一通り説明した。
疑問そうな顔をしていたが、それはそうだろう。
結婚を辞めさせるだけならば、私にエリクとの結婚を進言させればいい。
それをしないエリクの思惑。
その答えを、私も持ち合わせていない。
「こうなったら、きっとレンに暗殺だの刺客だのは向けないだろうから。レンは安心して過ごして大丈夫だよ。」
「…わかった。」
「なんか巻き込んでごめんね。とりあえず、るうは私がなんとかするからレンは戻ってて大丈夫だよ。」
怒りに囚われているのか、責任を感じて落ち込んでいるのか。
るうは中々顔を上げようとはしない。
そんなるうを、レンも心配しているが故に静かに私の部屋を後にした。
「…るう。」
「……。」
「ありがとう。」
私がお礼を言うと、るうは少しだけ顔を上げて私を見る。
「医術師のレンの前では言わないけど。るうが動かなかったら、私が斬ってたから。」
これは本当の話。
既に剣に手は掛けてたからね。
「私を守ってくれてありがとう。」
「……はぁ、情けねえ。」
「私が斬ってた方が、もっと緊急事態だっただろうから寧ろラッキーだよ。」
「…それは、そうだけど。」
だから、安心してね。
ハルのことも、今回のことも、るうが気負う必要なんか全然ない。
「ハルなら、こんなヘマしねーな。」
「…ハルがいたら、エリクと再会した瞬間に斬ってるよ。たぶん。」
少しずつ、るうも元気になってきた。
もう大丈夫かなと判断し、私はるうに休むよう伝えて、部屋に一人残る。
少し時間が経ってから、私は部屋を出て王宮の屋上へ登る。
外の空気を、吸おうと思った。
「……ハル。」
私は、やっぱりだめだね。
やっぱり、ハルみたいに強くないから。
エリクがハルの話をしていたあの時、本当は自責に押し潰されて、泣き崩れてしまいそうだった。
るうが動いてくれて本当に救われた。
ハルとるうが大事だからこそ、その想いの分だけエリクへの憎しみが私には残る。
…自分を許せない気持ちが残る。
少しでも紛らわせるためにここに来た。
殺気が垂れ流しなのはわかってる。
だけど、それさえも風に乗って消えていってほしかった。
けど、私の願いとは裏腹に、この殺気で人を呼び寄せてしまったようだ。
「……。」
背後の気配は一つ。
相手から殺気は感じない。
「……。」
「…レン?」
微かに香る、レンの部屋の香り。
「…うん。」
「どうしたの?」
私は殺気を仕舞い込む。
「…いや、少し外の空気を吸おうと思っただけだよ。」
「そっか。」
るうは兵士がサボるためにここを見つけたと言っていたが、やめた方がいいと教えてあげたい。
私が知る限り、ここ王子二人来てるよ。
「…って言うのは嘘。本当は、悲しい殺気が気になって様子を見に来たけど。それが、君だった。」
少し驚いた。
そんなことには無縁そうなレンなのに、それほど私の殺気がダダ漏れだったのか。
「…もう大丈夫だよ。」
「ルイは大丈夫?」
「うん。るうは本当は、私なんかより何倍も強いから。」
弱いのは…。
いつまでもハルに縋って、悲しみの中に取り残されているのは…私だ。
エリクからハルの話を聞いただけ。
エリクは嘘なんて言ってない。全部事実だったんだけど。
自分でもまだ、折り合いを付けきれないあの戦の話で、自分の不甲斐なさを再認識させられたように思えて。
だって、ハルを思うだけで。
私の心はまだこんなにも痛いから。
「…君は、一人にしてほしいって思ってるんだろうけど。」
「え?」
レンが私の顔に手を伸ばす。
「君の涙を拭うくらいは、許してくれるかな。」
自分が泣いてることにも、私は気付いてなかった。