(一)この世界ごと愛したい






刹那。




私が動いたのとほぼ同時。






るうが私の横を光の如く駆け抜けた。




その手には既に剣が握られていて、私は憎悪の淵から現実へ引き戻される。






ハッとして、まず目に入ったのはエリクに剣を振り上げるるうと、それを不敵に笑って受けようとするエリク。








…嵌められた。




と、気付いた時にはもう遅い。



もう後に引けないことは分かっていたが、それでも私は止めねばならない。







私は持てるスピード全てを駆使。



るうとエリクの間に入り、ギリギリでるうの剣を受けた。






「…いい。私は大丈夫。」



「退けリン、こいつだけは許さねえ。」




我を忘れたるうを一度鎮めねば。





「誰に剣を向けているか、理解ができるか?」


「ああ!?」


「本来なら死刑も安い。だが、騎士殿は裁かれることはない。」





るうは悪くない。



気付けなかった、私の落ち度だ。









「改めて。姫、あの日の返事をお聞かせいただけますか?」




エリクは初めからこのつもりだった。


私が拒否できない状況を作り出し、その上でイエスの選択肢しか与えない。









『私の申し立ての、後押しをしていただきたい。』




あの日の答えを。







イエスならエリクの思惑通り。



ノーならるうが死ぬ。








「…お引き受けいたします。」





もう、迷うことすら許さない選択肢。




エリクという男は、こういう男だ。







「良い返事でよかったです。それでは、来たるべき日はよろしくお願いしますね。」








そう言って、去り行くエリクの後ろ姿。





「ごめんね、るう。」



「……。」




未だ、怒りで拳を握り締め、エリクへ冷たい殺気を放ち続けるるうに、私は謝ることしかできない。





「ごめんね…。」





私がハルをあんな目に合わせなければ。


私がエリクの企みを見抜けていれば。





…るうが自分を責めることもなかったのに。








悔やんでいても始まらない。



私は、前を見据えて立ち向かわなければならない。





「…リン。」



「そんな顔しないで。るうは悪くないよ。」



「けど…。」



「大丈夫。なんとかするから。」





私とレンの結婚に異議を申し立てる、エリクの後押しとはなにか。


そこは分からない。




だけど、良くない事が起こるというだけは分かる。






「さて、るうもレンも一旦お部屋においで。」




そう二人に声を掛けて、二人を私の部屋へ連れて行く。









一先ず、エリクと交わした約束のことを、二人に一通り説明した。



疑問そうな顔をしていたが、それはそうだろう。




結婚を辞めさせるだけならば、私にエリクとの結婚を進言させればいい。




それをしないエリクの思惑。



その答えを、私も持ち合わせていない。





「こうなったら、きっとレンに暗殺だの刺客だのは向けないだろうから。レンは安心して過ごして大丈夫だよ。」


「…わかった。」


「なんか巻き込んでごめんね。とりあえず、るうは私がなんとかするからレンは戻ってて大丈夫だよ。」





怒りに囚われているのか、責任を感じて落ち込んでいるのか。


るうは中々顔を上げようとはしない。




そんなるうを、レンも心配しているが故に静かに私の部屋を後にした。







「…るう。」


「……。」




「ありがとう。」




私がお礼を言うと、るうは少しだけ顔を上げて私を見る。





「医術師のレンの前では言わないけど。るうが動かなかったら、私が斬ってたから。」




これは本当の話。


既に剣に手は掛けてたからね。





「私を守ってくれてありがとう。」


「……はぁ、情けねえ。」


「私が斬ってた方が、もっと緊急事態だっただろうから寧ろラッキーだよ。」


「…それは、そうだけど。」





だから、安心してね。



ハルのことも、今回のことも、るうが気負う必要なんか全然ない。






「ハルなら、こんなヘマしねーな。」



「…ハルがいたら、エリクと再会した瞬間に斬ってるよ。たぶん。」





少しずつ、るうも元気になってきた。




もう大丈夫かなと判断し、私はるうに休むよう伝えて、部屋に一人残る。








少し時間が経ってから、私は部屋を出て王宮の屋上へ登る。



外の空気を、吸おうと思った。





「……ハル。」





私は、やっぱりだめだね。



やっぱり、ハルみたいに強くないから。




エリクがハルの話をしていたあの時、本当は自責に押し潰されて、泣き崩れてしまいそうだった。



るうが動いてくれて本当に救われた。





ハルとるうが大事だからこそ、その想いの分だけエリクへの憎しみが私には残る。



…自分を許せない気持ちが残る。




少しでも紛らわせるためにここに来た。









殺気が垂れ流しなのはわかってる。



だけど、それさえも風に乗って消えていってほしかった。





けど、私の願いとは裏腹に、この殺気で人を呼び寄せてしまったようだ。






「……。」




背後の気配は一つ。



相手から殺気は感じない。





「……。」



「…レン?」




微かに香る、レンの部屋の香り。




「…うん。」



「どうしたの?」




私は殺気を仕舞い込む。




「…いや、少し外の空気を吸おうと思っただけだよ。」



「そっか。」




るうは兵士がサボるためにここを見つけたと言っていたが、やめた方がいいと教えてあげたい。


私が知る限り、ここ王子二人来てるよ。







「…って言うのは嘘。本当は、悲しい殺気が気になって様子を見に来たけど。それが、君だった。」








少し驚いた。



そんなことには無縁そうなレンなのに、それほど私の殺気がダダ漏れだったのか。





「…もう大丈夫だよ。」



「ルイは大丈夫?」



「うん。るうは本当は、私なんかより何倍も強いから。」





弱いのは…。



いつまでもハルに縋って、悲しみの中に取り残されているのは…私だ。





エリクからハルの話を聞いただけ。



エリクは嘘なんて言ってない。全部事実だったんだけど。






自分でもまだ、折り合いを付けきれないあの戦の話で、自分の不甲斐なさを再認識させられたように思えて。





だって、ハルを思うだけで。


私の心はまだこんなにも痛いから。








「…君は、一人にしてほしいって思ってるんだろうけど。」



「え?」





レンが私の顔に手を伸ばす。





「君の涙を拭うくらいは、許してくれるかな。」






自分が泣いてることにも、私は気付いてなかった。