「殿下の屋敷に比べたらこぢんまりとしているので一瞬でしょうけど、それでもよろしければ」
「構いません。お手をどうぞ」

 彼は紳士な態度でシャルロッテに手を差し出す。重ねた手は少し冷たかった。



 薔薇のアーチをくぐり、庭園に入った。庭園といえるほど大それたものではない。ほとんど母の趣味で植えられた花は配置など何も考えられてはいなかった。

「先ほどは弟がすみません」
「いえ、シャルロッテ嬢を大切に思われているのでしょう」

 カタルは空を見上げて苦笑をもらした。カタルの視線を追い、シャルロッテも視線を上げる。すると、二階の窓から睨みをきかせるノエルと目が合う。
 相手は皇族だということを忘れているのではないか。

「……本当にすみません」
「いえ、仲がよくて微笑ましい」

 カタルはそれだけ言うと金の瞳を花々に向ける。
 シャルロッテは「あの花は百合で、母の気に入りの色だそうです」なとど、説明をつけながら案内をした。庭園の花を見るのが目的ではないことはわかっている。

(一目惚れなんて絶対嘘ね)

 彼は一度もシャルロッテを見ない。好きすぎて目を見ることができないというよりは、興味がないような。
 社交場に行き慣れるとそういう雰囲気には詳しくなるものだ。どれもこれも、他人の恋愛を目の当たりにした経験ではあるが。
 恋という感情は隠せないもの。あふれ出る感情が彼にはなかった。
 逆に言うと、他人から感じる軽蔑のような感情も彼からは感じられない。

(せっかくだし、私から聞いてみよう!)

 シャルロッテが足を止めると、ほんの少し遅れてカタルも歩みを止める。
 彼を見上げた。
 太陽の光を浴びて、銀のように輝くアッシュグレーの髪。黄金の瞳も相まって、美しかった。

「あの、つかぬことをお伺いしますが……」
「なんでしょうか?」

 感情の乗っていない冷たい声。恋を演じるのは下手なようだ。いや、演じるつもりもないのかもしれない。
 それならそれでやりやすい。シャルロッテはただ条件を提示するだけ。そして、相手の条件が飲めるかを精査するだけだ。

「殿下は私の噂、ご存じですか?」

 シャルロッテは笑みを浮かべた。