彼は人のよさそうな笑みを浮かべていたが、心からの笑みではないと直感が言っている。
 愛想笑いとも違う。本心を隠し、こちらに探りをいれるような笑みだ。獰猛な獣を前にしたような、妙な緊張感が走った。
 反対に父は愛想笑いを浮かべ、わずかに震えた手でティーカップをつかむ。波を立てる紅茶を流し込もうとして、熱さに声を上げた。
 ノエルはそんな頼りない父を見て、ため息を吐く。ぐっと身を乗り出すと、カタルを睨みつけた。

「なぜ、姉に求婚を?」
「一目惚れだと言ったら信じてもらえますか?」
「それなら。姉は美人で気立てがいいので」

 ノエルは満足そうに頷く。シャルロッテは苦笑を浮かべた。ノエルは昔から過大評価しすぎなところがある。
 本当の美人は二十回もお見合いに失敗したりはしないものだ。
 カタルはノエルを見据えると、更に目を細めた。

「私が一方的に存じ上げていただけですので、一度お姉様と話す機会をいただけませんか?」
「姉と?」

 ノエルがチラリとシャルロッテに向いた。
 それに習うようにカタルも視線の先をシャルロッテに変える。

「せっかくですから、ベルテ家の庭園を紹介していただけたら」

 カタルは窓の外に視線を移して言った。提案、というよりは決定事項のように。ノエルはそれが気に食わなかったのか、額に青筋を浮かべた。
 今にもつかみかかってしまいそうなほど苛立っているのがわかる。
 この三日、ノエルの機嫌は悪かった。五分に一回求婚状のことを思い出し、「相手は『冷徹悪魔』だよ!? 会う必要なんてないと思うんだけど!」とシャルロッテの肩を揺さぶりながら何度も叫んでいたのは記憶に新しい。今朝も同じことを言われたから。
 昨日なんて「僕が姉さんのふりをして会う」と言い出し、ドレスを買いに出ようともしていた。
 このままだと何の落ち度もないカタルに危害をくわえてしまいそうだ。さすがに新聞沙汰はまずい。
 両親に助けを求めたかったが、気弱な二人は蛇に睨まれた蛙。

(私がどうにかするしかないわね!)

 シャルロッテは立ち上がった。