耳や尻尾が残るものの、アッシュは人間の姿を維持することを覚え始めてきた。彼曰く、「ママとおはなし、すき」というのが理由らしい。
 それを聞いたシャルロッテが悶絶し、数日間はにやにやが止まらずカタルに変な目で見られたのはいい思い出だ。
 アッシュは言葉をどんどん覚え、たくさんシャルロットに話しかけた。
 最近では絵も描くようになったのだ。
 小さな手で色鉛筆をしっかりと持ち、白い紙に絵を描いていく。それを見ているだけで時間が溶ける。

(これが役割だなんて、本当幸せ~)

 現在、シャルロッテはアロンソ邸で『花嫁修業』という名目で世話になっている。しかし、花嫁修業と言えるようなことはいっさいしていない。シャルロッテに与えられた任務はただ一つ。アッシュの世話だけだ。
 夫となる予定のカタルとの距離感はいまだにつかめていない。しかし、アッシュさえいればシャルロッテは幸せなのだから、問題ないだろう。

「ママ」

 アッシュは色鉛筆を転がし、シャルロッテの袖を引いた。

「なに?」
「パパ、アッシュのこときらい?」

 アッシュの青い瞳が悲しそうに揺れている。描きかけの絵には、ピンク色の髪の女性と小さな子どもが描かれていた。おそらく、シャルロッテとアッシュを描いたのだろう。その横に、人を描こうとした形跡があった。

「そんなことない! パパだってアッシュのことが好きよ」
「……。アッシュ、わるいこ?」
「違うよ。アッシュが悪い子だから来ないわけじゃないの。パパは、お仕事で忙しいだけなの」
「おしご?」

 アッシュは首を傾げた。彼の世界はこの部屋だけ。だから、仕事というものがどういうものか知らない。

(本邸に連れていけたらいいのに)

 直接、カタルが仕事をしているところを覗けたら、そんな不安も薄れるような気がする。

「パパはね、とーってもすごいの。だから、なかなかここには来られないのよ。アッシュのことが嫌いなわけじゃないわ」