小さな狼は勢いよく駆けた。ひらひらと舞う蝶を追いかけ回している。アッシュは太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
 初めて会った日のことなんて忘れてしまいそうなくらい、彼は楽しそうだ。
 裏庭はカタル曰く「少し狭い」そうだが、十分広かった。別邸と背の高い塀に囲まれているお陰でどこからも見られない。ここならアッシュが自由に走り回っても心配はいらないだろう。
 シャルロッテとオリバーは大きな木の下で座り、楽しく遊ぶアッシュをただ眺める。

「アッシュがここまで元気になれたのは、シャルロッテ嬢のおかげです」
「えへへ。愛情をたっぷりあげているので」
「否定はしないんですね」
「だって、本当のことですから」

 シャルロッテは頬を緩めて笑った。
 アッシュは蝶を追いかけて回して、花壇の中に入っていく。花のあいだからひょこっと出てくる小さなかわいい三角の耳。
 思わず頬が緩む。
 アッシュは花壇から抜け出すと、シャルロッテに向かってまっすぐに走ってきた。口には一輪の花を咥えている。彼はその花をシャルロッテの膝に乗せた。

「私にくれるの?」
「キャンッ」
「ありがとう」

 アッシュの高い声が空に響く。シャルロッテがアッシュの頭を撫でまわしていると、突然光に包まれる。――人間に変化するときの予兆のようなものだ。シャルロッテは肩にかけていたストールを慌ててかけた。
 人間の子どもの姿にかわいい三角耳。そして、ふさふさの尻尾が揺れる。アッシュは照れくさそうに「えへへ」と笑った。
 オリバーが呪文を唱えると、あっという間にシャルロッテのストールがアッシュの服に変化した。

「いつ見ても魔法ってすごいですね」

 シャルロッテはアッシュを抱き上げながら、感嘆の声を上げる。
 オリバーが眼鏡の奥で少し照れたように笑った。

「カタルから聞いてはいましたが、こんなに短時間で人間の姿になれるとは思ってもみませんでした」