カタルとシャルロッテの関係はそこまで深くないからだ。

(昔は婚約者ってもっと深い関係だと思ってたけど、大人になってわかるわ)

 婚約とはただの契約。お互いに秘密はあるし、それを無理に覗いてはいけない。シャルロッテはそこを間違えて、最初の婚約に失敗した。

(まあ、最初のやつは失敗して正解だったけど!)

 そのおかげ今がある。もし、動物好きであることを隠し結婚していたら、今ごろ人生は灰色だっただろう。毎日「この結婚は失敗だった」と嘆いていたに違いない。
 カタルは長い沈黙のあと、口を開いた。

「……息子を頼む」
「言われなくても」

 シャルロッテは歯を見せて笑う。
 頼まれなくても構い倒すつもりだ。

(あなたがアッシュを避ける理由はわからないけど、私に任せてください。二人分、ううん、三人分は愛させていただきますから!)

 シャルロッテは駆け足でアッシュの元に向かった。
 カタルは『冷酷悪魔』などと言われているが、一緒に生活していると「そこまで冷酷ではない」という印象を持つ。
 基本的に冷たいし、自分の息子に興味は持たないし、冷たい人間だ。しかし、シャルロッテの怪我を気にしたりもする。

(それに……)

 シャルロッテは立ち止まった。そして天井を見上げる。
 細やかな装飾が施された天井は芸術作品だ。

(本当に冷酷な人間は『息子を頼む』なんて言わないものよ)

 脳裏にカタルの顔が浮かぶ。何か思い詰めたような、苦しそうな顔だった。
 シャルロッテは頭を横に振って、彼の残像を振り払う。
 そして、アッシュの元に走った。


 シャルロッテがアッシュの元に戻ると、アッシュは部屋の隅で震えながら唸っていた。

「アッシュ?」

 この光景はよく覚えている。最初に会った時と同じだ。部屋の隅、カーテンの後ろで震える彼の姿は見覚えがあった。