目からじんわりと涙が溢れる。包帯を巻き終えるまであいだ、思いっきり叫んだ。

「息子が迷惑をかけた」
「いえ。これくらいなんともありません」
「結婚前の令嬢に傷をつけたのに、怒らないんだな」
「相手はもう決まっていますし」

 シャルロッテはにんまりと笑う。
 傷のある令嬢など、婚活を難しさせる最たる理由なのだが、シャルロッテにはもう関係ない。来年には目の前の男との結婚が決まっている。『冷酷悪魔』と呼ばれた彼ならば、「傷ができたから」という理由で捨てることも難しくなさそうだ。
 しかし、彼にはアッシュの継母が必要である。きっと。傷くらいでは捨てられない。だって、アッシュはシャルロッテによく懐いている。
 シャルロッテとしても母親の座を簡単に奪われるつもりはなかった。あんなに可愛いアッシュと別れるなど、考えられない。どんな方法を使っても、しがみつくつもりだ。
 ここが楽園に一番近い場所だと知ってしまったから。
 カタルは戸棚の中から革の手袋を取り出して、シャルロッテに手渡した。

「今後はこれを使え」
「これは?」
「私のだ」

 男性向けらしく、シャルロッテの手よりも一回りも二回りも大きい。シャルロッテは手に嵌めてみたが、ぶかぶかで子どもが大人の手袋を借りたみたいになってしまった。

「急ぎ、君の手に合う手袋を用意させよう。今後、息子に会うときはそれを使うといい」
「大丈夫です! アッシュはとてもいい子だから、手袋はいりません」

 シャルロッテは頭を横に振った。カタルは彼なりに考えてくれているのだろう。これ以上怪我ないように、と。

(そんなことしたら、あのもふもふを堪能できないじゃない!?)

 ずっと触っていたいと思っているのに、革の手袋越しでは意味がない。カタルはわざとらしくため息を吐いた。

「いい子は母親の手を傷つけたりしない」
「まだ子どもで力加減がわかっていないんです。私も子どものころ、力加減がわからなくて父親の腕に歯形をつけたことがあります」