シャルロッテはあははと笑って見せる。しかし、カタルは眉をピクリと跳ねさせただけだった。

「ついてこい」

 カタルは踵を返し、歩き出す。向かっている先はカタルの執務室だろうか。

「あのっ! 大丈夫です! メイシーにお願いするので!」

 シャルロッテの言葉に、カタルの足が止まる。そして、ゆっくりと振り返った。「そうか」という冷たい言葉を期待していたのに、カタルの口から出て来たのは、違う言葉だった。

「メイシーにその傷を見せてなんと説明するつもりだ?」
「あ……!」

 シャルロッテは手の甲の傷をまじまじと見つめる。
 鋭い爪によってつけられたひっかき傷。これを説明するのは難しい。使用人たちも皇族が獣人であることはもちろん知らないのだ。
 アッシュに会いに行ったシャルロッテがこんな傷をつけて戻ってきたら、怪しむ人もでてくるだろう。
 カタルは小さなため息を吐くと、静かに言った。

「わかったらついてこい」

 シャルロッテはカタルに無言で着いていった。
 冷たい声。一度も振り返らない背中。さすが『冷酷悪魔』と言われるだけはある冷酷さ。しかし、冷たいだけではないような気がした。

(私に気を遣ってゆっくり歩いてくれているよね)

 カタルが普通に歩けば、シャルロッテは走る羽目になるだろう。頭一つ分身長が違うから、足の長さも違うのだ。

(……いい人かも)

 執務室に到着すると、彼は無言でシャルロッテの傷の手当てをした。
 彼は真面目な顔で大量の消毒液を手の甲に浴びせる。

「痛い痛い痛いっ!」

 シャルロッテは叫んだ。
 傷口の消毒はとても痛く叫び声を上げるほどだったが、彼は容赦しなかった。

「騒ぐな。傷跡が残るよりましだろ?」

(前言撤回っ! 凄く悪い人……!)