権力やしがらみのようなものにあまりいいイメージがなかったシャルロッテは、そういう面倒な結婚話は避けるようにしていた。
 もし、受けていたら、今ごろこんな可愛い狼の母親になれていたというのに。

(でも、今が幸せだからいいわっ)

 シャルロッテはアッシュをギュッと抱きしめる。彼は嬉しそうに目を細め尻尾を振った。この感情を隠さない尻尾が大好きだ。
 この尻尾はシャルロッテを騙さない。そして、幸せにしてくれる。

「よし! もう一回!」
「キャンッ」

 シャルロッテはアッシュのために何度も毛玉を投げた。飛んで行く青の玉を取ってシャルロッテの元に持って行く。たったそれだけの単純な遊びなのに、彼はとても楽しそうだ。
 しかし、何度もねだってくるアッシュに最初に音を上げたのは、シャルロッテだった。
 シャルロッテは「もう腕が上がらない!」と嘆き、休憩を要求したのだ。アッシュは物わかりがいい。シャルロッテが「おわり」と言えば、それ以上要求しない。
 なんだかそれが、少しだけ可哀想に感じる。
 弟のノエルは小さいころ、疲れたシャルロッテを揺さぶってでも遊びに付き合わせようとした。「もう無理~」と言っても「姉様なら大丈夫! あと一回!」と言って離れなかったのだ。

(もっとわがまま言ってもらえるくらい、心を許してもえるようなママになろう)

 シャルロッテは頭を撫でる。
 彼はしばらくのあいだ嬉しそうに目を細め、されるがままになっていた。しかし、耳をピクリと動かす。
 彼は立ち上がり「キャンッ」と吠えたあと、シャルロッテの後ろに逃げるように隠れた。そして、後ろに隠れたまま、ぐるぐると唸る。

「どうしたの?」

 シャルロッテは突然のことに驚いて立ち上がる。すると、扉が開いた。