あははと笑うと、彼は小さく息を吐いて食事を再開した。

「そうだ! 今日のアッシュも元気でしたよ。相変わらず懐いてはもらえませんでしたが」
「そうか」

(『そうか』だけ? 息子なんだからもう少し色々ないの!?)

 シャルロッテは喉の奥まで昇ってきた言葉を、肉と一緒に飲み込む。憤慨した気持ちを二切れ目の肉にぶつけた。
 カタルは『冷酷悪魔』の名にふさわしく、ほとんどアッシュに興味がない。やはり、噂どおり生まれたばかりのアッシュを母親から奪い取り、別邸に閉じ込めた悪魔のような男なのだろか。

「でも、初日よりは警戒を解いてもらえるようになりました。今、何時間一緒にいれると思いますか? 三時間ですよ」

 シャルロッテはお構いなしにアッシュの話を続けた。
 残念ながら、カタルとシャルロッテの共通の話題など、アッシュ以外にない。しかも、カタルは自分からあまり会話を始めないのだ。
 シャルロッテが話さなければ、葬式のように静かな晩餐になる。それだけは避けたかった。

「そうか」
「三時間のすごさがわからないなんて……! すごい進歩なんですからね!」

最初は一時間も同じ部屋にいられなかった。
 知らない人間を前にアッシュの息遣いは荒く、今にも倒れてしまいそうだったのだ。ようやく、警戒されながらも部屋の端と端ならば三時間は一緒にいられるようになった。
 とにかくいまは無害だと示すことが大切だ。
 シャルロッテはアッシュに危害を加えないということを体験してもらわなければ、何も始まらない。
 シャルロッテは毎日アッシュの様子を見て、彼の部屋で過ごした。ただ、同じ空間にいることしかできなかったが。
 アッシュの息遣いに気を配りながら、本を読むだけ。彼は本の閉じる音にすら敏感に反応する。シャルロッテが立ち上がっただけで、震えた。
 そんなアッシュと三時間もいられるようになったのは奇跡のようなことだ。
 その感動がわからないなんて。
 シャルロッテは憤りを感じる。

「その調子で頼む」

 カタルはいつもの真面目な顔でそういうと、ナイフとフォークを置く。ナプキンで丁寧に口元を拭くと立ち上がった。

「仕事が残っている。では」

 彼はシャルロッテの返事も聞かず、食堂を去って行った。

(ふつう、息子の一日がどうだったか気になるものじゃないの?)

 シャルロッテの父は仕事から帰ると真っ先にシャルロッテとノエルの部屋に来て、頬に口づけをしてくれていた。「もじゃもじゃの髭がくすぐったくて嫌だ」とノエルは毎日言っていたけど、父の顔を見ると嬉しそうにしていたのを覚えている。