悩んだって皇族の秘密がどのようなものなのかはわからない。ならば、飛び込んでみるしか、道は開かれないのだ。
 ハイリスクハイリターンと言うではないか。

「契約、結びましょう」
「そんなにあっさり決めてよろしいのですか?」
「はい。一日悩んでも、一年悩んでも変りませんから。私は皇族の秘密を守り、アッシュ君の新しい母親としての役割をこなします」

 シャルロッテがにっこりと笑うと、オリバーはペンで羊皮紙にサラサラと文言を書き銜えた。

「では、カタルは対価に動物を屋敷で飼うことを許可する。これでよろしいですか?」
「ああ」
「それでは、お二人の身体の一部をちょうだいします」

 オリバーがカタルに洒落たハサミを手渡す。銀製の細工が施されたハサミだ。それを使ってカタルは自身の髪の毛を数本切った。
 切った髪を羊皮紙の上にパラパラと撒く。
 カタルは「次はおまえだ」と言わんばかりに、無言でハサミをシャルロッテに手渡す。
 シャルロッテは彼に倣い、毛先をハサミで切った。シャリッと気持ちのいい音を立てて、シャルロッテのストロベリーブロンドが切られる。

「これより魔法契約を結びます。この契約は死を迎えるまで有効であることを肝に銘じてください」

 オリバーが小さな声で呪文を唱えると、テーブルの上に置かれた羊皮紙にメラメラと燃え始めた。カタルとシャルロッテの髪を飲み込んでいく。
 そして、あっと言う間に消えてしまった。
 その瞬間シャルロッテの手の甲に小さな印が現われる。親指大の小さなもので、複雑な模様が描かれていた。

「これは……?」
「契約の証のようなものです。すぐに消えますよ。もし、違反の意志を示した場合、この印が現われ警告します」
「へえ……」

 シャルロッテは手の甲の印を見つめた。最初は色濃く映っていたのに、段々と薄くなっていく。そして、シャルロッテの中に溶けていった。

「これからよろしく頼む。シャルロッテ・ベルテ嬢」
「はい。よろしくお願いします。カタル殿下」
「殿下は余計だ。私たちは婚約したのだから、カタルと」
「さすがにそれは……。カタル様で許してください。私のことはシャルロッテで構いませんので」

 シャルロッテが右手を差し出すと、カタルはその手を握った。弟のノエルよりも大きくゴツゴツとした大人の男の手だ。

「では、さっそくアッシュ君にご挨拶させてください」