それから、広い庭園を通り屋敷の中を案内された。
 迎えで現われた数十名の使用人たち。同じお仕着せに包まれ、同じ髪型で並ぶ彼らは人形のようで、見わけがつかない。
 使用人たちは興味深げに、しかしその好奇心を隠すような息遣いでシャルロッテを見た。
 カタルはそんな雰囲気をものともせず、静かに言った。

「シャルロッテ・ベルテ嬢はまだ婚約者という立場だが、一年後にはここの女主人となる。そのことを肝に銘じておけ」

 鋭い目でカタルが使用人たちを睨むように見ると、全員が深々と頭を下げた。
 シャルロッテは虎の威を借る狐のような気分で、笑みを浮かべる。シャルロッテはしがない伯爵家の娘。しかも社交界では『変人令嬢』なんて呼ばれている娘が皇族の一員になる。最悪使用人たちに苛められて涙をのむ展開を想像していたのだが、カタルのお陰で回避できそうだ。
 カタルは使用人の中から二人の女性を呼び出した。

「今日から君の世話を任せている。メイシーとカリンだ」

 細くて背が高く、真面目な顔つきの女性と、小柄で愛想笑いを浮かべる女性がシャルロッテの前で頭を下げる。
 背の高いほうがメイシーで、小さいほうがカリン。メイシーは十代のころからカタルの側に仕えるベテランメイドで、カリンは一年前に入ったばかりの新人らしい。
 年はどちらもシャルロッテと変らないように見える。二十代中盤くらいだろうか。
 他にも重要な役職につく使用人を数名紹介され、脳が爆発しそうだった。記憶力は悪いほうではないが、一気に名前を言われると、社交デビューをするために貴族名簿を何度も暗唱させられた日を思い出す。

「使用人は人数が多いから、まとめ役だけ覚えておけばいい。何かあればまとめ役が対処する」
「なるほど。人が多いと組織設計も大変ですね」
「ベルテ家はそうではないのか?」
「広い屋敷ではありませんから、大抵のことは執事が対応してくれます」

 困ったことがあればみんな執事に相談していた。それでどうにかなるほど、ベルテ家は広くなかったし使用人の数が少なかったのだ。