「もしかして、信じていませんでしたか?」

 ニカーナ帝国では幼いころから獣人は、獰猛で残酷な生き物だと教わる。動物も忌避すべきと習う。シャルロッテもそれは例外ではなかった。
 幼いころに読む絵本には、人間を食べてしまう熊の物語を読み、布団の中で震えたこともある。
 そんな風にニカーナ帝国に暮らす人間は、ごく自然に動物を嫌っていくのだ。
 だから、「動物が好き」「犬や猫と一緒に暮らしたい」と口で言っても、最初は誰も信じてはくれなかった。悪い冗談か何かだと思うようだ。

「結婚をしたくないだけの可能性も考えていた」
「まさか! 一生独身も悪くない選択ですけど、理解ある相手がいるなら結婚もやぶさかではないと思っています」

 そのほうが両親も安心するし、領地のためにもなる。貴族の婚姻は家同士の繋がりを強固にする役割がある。ベルテ家の娘として生まれた以上、それを最初から嫌がることはできない。
 貴族として生まれ、ある程度の贅沢が許されているのは大きな義務を背負うからだ。
 それでも譲れなかったのが、「動物と一緒に暮らす」ということだった。
 両親からそれを諦めて嫁ぎなさいと言われたら、諦めざるを得ないとも思っている。

「君は本当に犬や猫が好きか?」
「もちろん」
「……どういうところが?」
「そうですね……」

 シャルロッテは腕を組み「うーん」と唸る。犬や猫は人間と同じで一匹一匹性格が違う。だから、「従順なところが」とか「人懐っこい」ところがと言っても納得してもらえないだろう。
 犬も猫も仲よくなるには時間がかかる。
 ベルテ家でも使用人たちが猫を飼っている。ただのねずみ取り用なので、飼っているとは言えないのだが。
 その猫と仲よくなるのには時間を要した。人間たちに雑に扱われた猫は、人に慣れるのに時間がかかるようだ。
 シャルロッテは一考したのち、カタルを見上げた。
 黄金の瞳が興味深げにシャルロッテをとらえる。探るような視線に耐えきれなくなったシャルロッテは視線を足元に移す。
 綺麗に磨かれたカタルの靴。靴紐もキッチリと縛られており、几帳面そうな性格が出ている。

「殿下はご存じないかもしれませんが……。毛がふわふわなんです」

 シャルロッテは羞恥を覚えた。
 頬が熱くなる。子どもみたいな理由だ。けれど、事実だった。