「叔母なんだけど、叔母さんて呼ぶと怒るから“ちゃん“呼びで躾けられた俺の憧れのひと」
「憧れ……?」
「メイクの先生なんだよね」
「あ……」

 まるで次々にパズルのピースがそろっていくように一ノ瀬くんが自分のことを話してくれることが嬉しい。

「山下さんはどんな本読むの?」
「え……あ、い、色々?」
「最近読んだ本は?」

 質問はシンプルなのに、考えすぎてしまって答えにくい。
 ここで恋愛小説を読んでます!と正直に答えるのもなんだか一瞬、気が引けた。
 でも、一ノ瀬くんが自分のことを話してくれるのに私は自分のことを話さないのも違う気がする。

「……れ、恋愛小説を」
「あーいいな。俺も読みたい」

 思い切って伝えると意外な言葉が返ってくる。
 後ろからおどかされたときと同じくらい私はびっくりしてしまって、でも同時に嬉しくもなった。
 そしてさぞモテるのだろうなと想像がつく。
 一ノ瀬くんの良いところは容姿だけじゃない。
 彼の中にはきっと、大きな海が広がっているような優しさだとか思いやりがある。

「じゃあまた土曜日に」

 一ノ瀬くんはそう小声で囁くと、微笑みを浮かべて私から離れて行った。
 よく見ると、彼の手元には厚みのある本が二冊。
 一ノ瀬くんはどんな本を読むのだろう。
 教えてもらったことは特別なことばかりに思えていたけれど、まだまだ知らないことはたくさんあって、もっと彼を知りたいと思うことは欲張りだろうか。