「そろそろ優芽も保育園の支度して。今日はママが連れてってくれるよ。」

「ママー!」

夜勤の日はだいたい朝方に帰ってくるちぃちゃんだけど、今日は早く起きたから優芽を連れていけそう。

「日菜、俺の弁当は?」

ネクタイを締めながら新聞を読んでるお父さんのお弁当を手渡した。

「机のうえ!あたしもいかなきゃ!いってきまーす!」

鞄を肩にかけると勢いよく玄関を飛び出した。

「いっちゃん!これ真生にとどけた?」

「おう!余裕余裕。」

得意そうに笑ういっちゃん。

「ありがとね。助かった。」

「どういたしまして!ほら、バス来るから早く!」

今日はバスの日だ!

だったら本当に急がなきゃ!

バス停に着くと、あたしの癖毛は爆発してて、いっちゃんにからかわれる。

「日菜、実験失敗したみたいになってる。」

「雨だから余計にだもん。」

本当にこの癖毛は悩みだ。

癖毛の上に猫っ毛なんだもん。

特に雨の日にはまとまらなくてあっちこっちはねるからこの梅雨の季節はあたしにとって苦痛だ。

結んでくれば良かったかなぁ…


「あれ?あいつ、お前と同じクラスのやつじゃん。すげえモテる…」

手櫛で必死に髪を整えてると、いっちゃんがバス停のそばにある自転車置き場を見ながら言った。

あれは…

ふ、藤咲君!

そういえばここのバス停で前にあたしを見たって言ってたっけ?

よりによってこんなぼさぼさの髪の毛で!


だけど次の瞬間、そんなことはどうでもよくなった。

それまで聞こえていた雨の音や、紫陽花の色彩が急に色褪せて見えた。

なぜなら藤咲君の隣に、女の子がいたから。

それもすごくすごく、モデルさんみたいに綺麗な女の子。

長い手足に小さな顔、きりっとした顔立ち。

何より腰の辺りまであるサラサラの、一糸乱れぬツヤツヤの黒髪。