その時のことは、正直思い出したくはないが、記憶に強く残っている。

「お嬢様、ご主人様がお亡くなりました」

 しとしとと冷たい雨の降る夕方だった。
目を赤くしたゆかりが、艶子を大学まで迎えに来て、悲しげに告げたのだ。

「ど、どういうこと……」

 いまいち理解できない。
父は関西へ出張へ行っており、今日帰宅予定だった。
土産をたくさん買ってくるからお利口にしてなさい、と優しく言っては出掛けて行った。

「新幹線の中で、愉快犯に刺されてしまい……。即死だったそうです」

「そ、そんな……」

「お嬢様、とにかく帰りましょう。私も立川さんもおりますので」

 なんてことなの――。
こんなことになるなんて、思いもしなかった。
きっと悪い夢なんだわ。

 しかし、帰宅しても元気な父の姿はなかった。
艶子は可愛いなと、言ってくれる父の声もしない。

 亡くなった父と対面し、葬儀に参列するが、現実のこととは思えなかった。
母の分、姉の分、愛情を注いでくれた父。
まだまだ父と過ごせると思っていたのに。

 艶子は顔が腐ってしまうのではと思うくらい、泣いた。
悲しすぎて涙が出ないなんて嘘だと思った。

 これからどうしていけばいいのだろうか。
父も母も姉もいない。
艶子一人だけが残ってしまったのだ。