艶子のスカートをホグがくいくいと引っ張る。
振り返るとイタズラ顔をしたホグが、スカートから口を離してまた池の方へ走っていく。

「待って、ホグ!」

 つい、今の今注意されたことを忘れ、池の方へ走り出してしまう艶子。

「お嬢様!気を付けてくださいね!」

 ゆかりがそう言ってすぐ、ホグが足を滑らせ池に落ちてしまったのだ。
ホグは体の小さなチワワで、これまで水遊びなどさせたことなどない。

「ホグ!」

 慌てた艶子はホグを助けるために迷わず池に入り、ホグを抱く。

「よかったわ、溺れなくて……」

 艶子がホッとしてすぐ、ゆかりが「お嬢様早く池の外へ!」と顔を青くしていることに気付き、ハッとした。
いつの間にかベンチに座る父の横にいた立川まで、側に来ていて険しい顔を作っている。

「ごめんなさい……」

「お嬢様、お手を」

 立川から差し出された手に、自分の手を預けて力を入れて池から出た。

「まったく、無理をなさる。私に助けを呼べばよかったんですよ」

「ごめんさい、あなたも濡れてしまったわね」

 立川の足元を濡らしてしまったことを申し訳なく思い、しゅんとする。

「私は大丈夫ですよ、早く中で体を温めましょう。五月とはいえ、油断はできません」

 すると、父が寄ってきて「立川、あまり艶子を叱ってやらないでくれ」と立川の肩をポンと叩き、「艶子、ホグを助けて偉かったね」と微笑んだ。

 艶子は優しい父が大好きだった。
また、自分のことを大切に思ってくれるゆかりと立川のことも信頼していて、この時間は永遠に続くのだと思っていた。