ある日のこと。

「どうしたのっ⁉」
大学の講義を終えて、アパートに帰るなり、僕は思いもよらぬ人物ー君を目にした途端、驚きのあまり声を上げてしまった……。
君は僕の部屋の玄関先で一人立っていた。
「ふふっ……来ちゃった」
君は少し気恥ずかしそうに笑みを浮かべて言った。
「……来ちゃった……って……」
僕は君が言った言葉が咄嗟に理解できなくて……ボソッ……と、繰り返し呟いてた……。
ーーふふっ……来ちゃったーー
頭の中でも君の言った言葉が繰り返されて、ようやく僕は言葉の意味を理解した……。
「えっ……お母さんか、お父さんと来たのっ⁉」
まだ君は誰かと一緒でなければ外出できないから、僕は反射的に周りをキョロキョロと見回し、君の両親が側にいるかを確かめた。
……い、ない……?
注意深く周りを見回したけれど……側に人がいるような気配は全く感じられなかった……。
訝し気に眉を寄せる僕に再び「ふふっ……」と、君が意味深に笑った。
「いないよ」
「……えっ……」
「一人で来たの」
またも君の言葉が咄嗟には理解出来なくて、戸惑う僕に君は胸を張って言う。
「一人でアパート(ここ)まで来たの」
「……?」
「すごいでしょ!」
自信満々の笑顔を浮かべた。
「ひ、とりでっ⁉」
驚きのあまり僕は素っ頓狂な声を上げてしまった……。
「うん」
コクッ……と、君は自信満々の笑顔を浮かべたまま……力強く頷いた。
「えっ、ちょっ……どうやって⁉ よく僕のアパートが分かったね」
「……これ……」
君は肩鞄から四つ折りにされた紙を取り出して、僕に差し出した。
「……こ、れ……って……」
「この……地図があったから……来れたんだよ」
君は瞳を細めて微笑みながら、大切そうに四つ折りにされた紙を広げた。
その紙は僕がこの街(ここ)に引っ越して来てから君に逢いに何度か家に行った時のこと……君がしりきりに僕のアパートがどこにあるのかと、場所を知りたがった。
以前、君の母親に僕のアパートの住所を紙に書いて渡していたが、それだけでは分かりずらいと思い、君の自宅から僕のアパートまでの道のりの公共交通機関とその周辺の情報を分かりやすく、事細かに一枚のA4サイズの紙にまとめたのだ。
そんな手間のかかることをしなくてもこの時代、ネットで検索すれば……すぐに自分のほしい情報を事細かに知ることが出来る
僕がこの街(ここ)に来てからしばらく経って……君は病院の通院等のやむを得ない場合を除いて……極端に外出することを嫌がっていた……。
病院の通院等で外出しなければならない時は母親と一緒でなおかつ、決まった交通機関で決まった場所にごく僅かな短時間であれば……渋々であるが外出する……と、いった感じだった……。
そんな状態の中にいた君が自ら、僕のアパートの場所を知りたがったことがすごく嬉しかったんだ。
それは君の意識が外の世界に向いていることを示していると思ったから……。
このことをきっかけに君が少しでも外出することに対して前向きになってくれたら……と、いう願いも込めて、僕は心を込めて手作りの地図を作って君に手渡した。
地図を手渡すと君は声を弾ませて嬉しそうに言った。
「ありがとう。行くから……絶対に、行くからね」……と。
それがいつの日になるのか……
分らないけれど……僕はその日が来ることを心待ちにしていたんだーー……。