予定していた時刻よりもやや遅れて、君の家を出てきたから、僕よりも前に引っ越しの業者さんが僕のアパートに着いていたらどうしよう……と、ヒヤヒヤしながらアパートへと向かった。
運良く、引っ越しの業者さんよりも数秒早くアパートへついてホッと肩をなでおろした……。
一人暮らしに必要最低限の荷物を準備したつもりだったが……僕が思っていたよりも荷解きはとても大変で時間がかかり、引っ越しの業者さんに荷解きの手伝いもお願いしていて本当に良かった……と、つくづく思った。
やれやれ……と、ほっとひと息つく頃には……とっぷりと日が暮れていた……。
引っ越しの荷解きが終わっても数日間はアパートや大学の周辺にはどんな商業施設があり、どの公共交通機関を利用すればいいのか……把握するためにネット検索をしたり、住民票や住所変更等の行政機関での手続きにも追われ、一つ、一つ細々とした事務的な手続きを済ませていった……。
こんなに手続きがあるのか……と、最後の方ではうんざりしてしまった……。
気がつけば…大学入学式を迎えていた。
慣れない一人暮らしの家事や大学生活に戸惑いながらもその日一日を僕なりにどうにかやり過ごし、ようやく新生活にも慣れてきた頃……アルバイトも始めた。
浪人生の時も思っていたことだけど……これからも両親には金銭的にすごく負担をかけてしまうので、今度こそは少しでもその負担を減らすことができるように……と、いう気持ちもより一層……強くなっていたから。
僕がそういう気持ちが強くなったのは……引っ越しをする前日の夜のこと、両親とのある一つのやり取りが関係していた。
そのやり取りというのが……僕のために貯めてくれていた一冊の貯金通帳だ。
その貯金通帳は僕が誕生して(うまれて)から親戚等から頂いたお祝い金やお年玉、毎月両親がコツコツと貯めてくれたお金が積み立てられたものに僕はアルバイト代もその通帳に振り込んでもらえるように手続きをした。
夕食を済ませた後……両親にリビングのソファーに座ってもらい、センターテーブルを挟むように僕は両親の向かいに腰を下ろして、その通帳を両親の目の前に差し出し、センターテーブルへと置いた。
「この通帳を受け取ってほしい……」
と、両親に伝えたけれど……受け取ってはもらえなかった……。
「金銭的な面で気になって、アルバイトをしてくれたのだろう……。お前の気持ちはとても嬉しい」
「じゃあ……」
『受け取ってよ』
そう、僕が言葉にするよりも早く父さんが言葉を口にした。
「まだ、子どもに心配される程……頼りない親ではないよ。心配するな、大丈夫だ。お前が心配することは何もない。お前が後悔のしない生き方をしてくれたら……それが一番だ。そのためにもこのお金は考えて使いなさい」
父さんが僕のことを真っ直ぐに真剣な瞳で見つめて、言った。
「いいな、分かったか」
父さんは前かがみになってセンターテーブルの上に置いた一冊の通帳を手に取ると……僕の手を取り、その手に通帳を握らせたんだーー……。