君が病院を退院し、引っ越してから半年後のこと。

まだ寒さが残る3月の終わり。
無事に大学に合格した僕は君の住んでいる街へと引っ越しをする日を迎えていた。
今、思い返せば……この日を迎えるまでにいろんなことがあったな……。
震災、変わり果てた君が入院生活を送る中で、少しずつ回復し、退院と引っ越し。
君の傍にいたいがために大学受験をして大学に入り直し、少しでも費用を稼ぐためにアルバイトもした。
その合間に大学を辞めるための書類や大学受験に向けての書類等、様々な書類に記入をして、手続きも行った。
1日、1日が慌ただしく、あっという間に過ぎていったように思う。
僕は厚着のコートを着て、リュックサックを背負って自宅の玄関先にいた。
真新しいスニーカーを履き、くる……と、後ろを振り向く。
そこには妹と母さん、それに父さんが神妙な面持ちで立っていた。
「こまめに連絡を入れてよね、お兄ちゃん」
平常心を装っているのだろうけど、妹の声は震えていて必死に涙をこらえている様子だった……。
「うん。分かったよ」
僕は微笑み、ポンポンと妹の頭を撫でた。
「もーー子ども扱いしないでよっ!」
不機嫌そうに言いながら、僕の手を払いのける妹の表情はやっぱりどことなく冴えなくて、こんなにもお兄ちゃんっ子だったかな〜と、思った。
7歳差の兄妹。
ベッタリとじゃなかったけど、気がつくと妹はいつも僕の側にいた。
そういえば……小さい頃はちょっとしたことですぐに泣き出してしまうくらいの泣き虫で、僕はよく妹の頭を撫でながら慰めていた……。
でも、それは……妹が小学校低学年まで。
成長してゆくにあたって、これまでの兄妹の関係が少しずつ変わっていった……。
顔を合わせればそこそこ話をするけれど、妹がいつも僕の側にいることはなくなっていた。
妹の頭を撫でたのも何年ぶりだろう……?
かなり久しぶりなことだった。
「そんなつもりじゃなかったんだけどな。泣きそうになってるから、つい……」
「なっ、そ、んなことないもんっ!」
「そうか?」
「そーだよっ!」
こういうちょっとした兄妹のやり取りさえ、懐かしく思い、もうこんな風なやり取りはもうこの先、ないかもしれないな……と、感じて淋しくなった……。
身体(からだ)につけて、くれぐれも無理はするんじゃないぞっ!」
妹と母さんの後ろに立っていた父さんが言った。
父さんもどことなくいつもとは違う雰囲気が漂っていた……。
「はい」
僕は返事をすると共に大きく頷いた。
「とりあえず、あっちに着いたら連絡してちょーだい。それと……あちらのご家族の方にもきちんと挨拶してね。あっ! これ、渡すの忘れないで。それから……」
「もう……大丈夫だよ」
あれこれと心配し、不安があり確認してくる母さんの姿に僕は苦笑いしてしまった。
もうすぐ二十歳を迎えようとしている息子だけど……母さんにとってはまだまだ小さくて手のかかる子ども……と、いうことなのかな……と、心の中で思った。
「で、でもっ……」
「心配しないで、大丈夫だからっ!」
僕は少しでも母さんの不安や心配を取り払おうと明るく言った。
「母さん……本人が『大丈夫』と、言っているんだ、信じよう」
不安げな母さんの肩を父さんが優しく抱き寄せ、安心させるように声をかけた。
「……そう……ね……」
一呼吸置いて、母さんがボソッ……と、小さな声で呟いた……。
けれど、言葉とは裏腹に母さんの顔はまだ不安と心配を混ぜたような表情だった……。
「じゃ、行ってきます」
「お兄ちゃん、いってらっしゃいっ……!」
「気をつけて」
「いってらっしゃい……」
くるっ……と、妹と両親に背を向けて僕は玄関のドアノブを握る。
ドアノブを回せば、もう……。
とくん……。
切なさや淋しさが僕の胸を締めつけ、ふっ……と、僕の心が訴えた……。
「……お兄ちゃん?」
「……どうか、したのか……?」
玄関のドアノブを握ったまま、ドアを開けようとしない僕に次々と心配する声が投げかけられた……。
「なに、どうしたの? 何か……気になることでもあるの……?」
心配そうな声で母さんが僕に尋ねた。
僕は一度、ドアノブから手を離して、妹と両親がいる方へと向き直った。
「……さ、い……」
「えっ、なに?」
「どうした?」
「お兄ちゃん……?」
その声はあまりにも小さく、俯いて話したものだから家族の耳には届かなかった……。
僕は一つ……息をついて、顔を上げてゆっくりと言葉を紡いだ。
「ごめんなさい……。我儘ばかり言って……自分の想いを貫いて……そう、させてくれて……本当にありがとうございます……」
家族に自分の想いを伝え、深々と頭を下げて僕は君の住んでいる街へと向かったんだーー……。